前回は、世代継承性という観点から「老舗企業の事業承継」について取り上げました。今回は、世界的にも関心が高まる、事業承継における「後継者の意識付け」について見ていきます。

事業承継の時期に差し掛かる中国企業

前回までは、先代経営者の役割や課題について考えてきました。今回から数回にわたり、事業承継における後継者の課題について取り上げます。

 

筆者は、この年末年始、中国・廈門で開催された「ファミリービジネスサミット2017」に招聘審査員として参加しました。中国では、1980年代初頭の改革開放政策によって多くの企業が誕生しました。その改革開放から30年あまりが経過した現在、中国では創業者から後継者への事業承継の時期に差し掛かっています。

 

このサミットでは、事業承継にあたって後継者にいかに事業承継にむけた意識付けをさせるのかという課題が中心的テーマの一つとして議論されました。事業承継における後継者の意識付けの問題は、日本だけではなく世界的な関心事なのです。

後継者という立場がキャリア選択の幅を狭める場合も

本連載の第二回目では、創業者と二代目以降の経営者の違いについて考えました。創業者は、事業をゼロから立ち上げて、いくつもの困難を克服してきた功績者です。

 

他方、二代目以降の後継者も、創業者とは異質の乗り越えるべき課題(宿命)を抱えています。後継者の乗り越えるべき課題とは、創業者が選んだ道(事業経営)をいかに自分の問題として受け入れ、事業経営へのコミットメントを高めていくのかという問題です。

 

ファミリービジネス研究の権威であるガーシック教授らは、事業を受け継ぐ後継者について、「約束された後継者」という言葉を使って説明しています。将来の事業承継が「約束された後継者」という地位は、通常、自分が特別な人間であるという甘美な感覚を後継者本人にもたらします。他方、将来の事業承継が「約束された後継者」という地位は、後継者にとって自分のキャリアの選択肢を狭めることも意味します。

 

【図表】ファミリービジネスの後継者

(出所)筆者作成.
(出所)筆者作成

幼少期からの意識付けが慣習化した日本の老舗企業

それでは、将来の事業承継が「約束された後継者」とは、いかに次世代の事業の当事者としての意識を高めていくのでしょうか。

 

日本の老舗企業では、長子相続制度を採用する企業が多く存在します。そのため、後継者を選抜するというよりも、定められた後継者を育成するということが重視されます。

 

筆者の調査によると、いくつかの老舗企業では、後継者に事業の当事者意識をもたせるために、幼少期からの意識付けの慣習がみられます。例えば、某企業では、週末の家族との外食の後に、親(経営者)が幼少期にある子供を会社に連れて行き、会社に親近感をもたせるような工夫がとられていました。

 

他の企業では、会社の年末年始の神事において、入社歴の長い経営幹部を差し置いて、入社前でしかも幼少期にある後継者を、経営者(当主)の次に参詣させるようなしきたりがありました。後継者に対する事業の当事者意識の醸成は、幼少期から日常生活の中で養われていく様子が見て取れます。

 

それだけではありません。この二つの事例からは、後継者自身の問題だけではなく、ファミリービジネスに従事する従業員に対しても、将来の後継者が誰であるのかを暗に示すメッセージ効果があるといえるでしょう。このように、日本の老舗企業の事例からは多くの示唆を得ることが出来ます。

 

<参考文献>

『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)

Gersick, K. E., Davis, J. A., Hampton, M. M., and Lansberg, I. S. (1997) Generaition to Generaition : Life Cycles of the Family Business, Harvard Business School Press (『オーナー経営の存続と継承』犬飼みずほ・岡田康司訳、流通科学大学出版、1999年).

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    本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

    事業承継のジレンマ

    事業承継のジレンマ

    落合 康裕

    白桃書房

    【2017年度 ファミリービジネス学会賞受賞】 【2017年度 実践経営学会・名東賞受賞】 日本は、長寿企業が世界最多と言われています。特にその多くを占めるファミリービジネスにおいて、かねてよりその事業継続と事業承継が…

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