今回は、海外企業との取引において、お互いの「常識の違い」が引き起こしたトラブルをご紹介します。※本連載は、日本・ニューヨーク・香港という3つの地域で弁護士資格を持ち、中小企業の海外展開について豊富な支援実績を持つ国際弁護士、絹川恭久氏の著書、『国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと』(レクシスネクシス・ジャパン)の中から一部を抜粋し、法務部や顧問弁護士を擁しない中小企業経営層に対して、「海外進出時の基礎的な法知識」を分かりやすく解説します。

「信頼関係は幻想」というのが海外での一般的な認識

前回の続きです。もう一つの教訓として、JF社の事例(連載第9回を参照)に関して言えば、継続的な契約をする場合、特定の一つの相手方に過度に依存しすぎてはいけない、ということです。

 

親会社子会社とか、グループ会社同士の取引であれば、相手側に対するコントロールが効くし、損失はグループ全体に跳ね返るだけですので損害の押し付け合いの心配はないでしょう。

 

しかし、独立した第三者との契約関係は対等な相手方同士でやるものです。対等な契約の相手方同士は、「信頼関係」はあるかもしれませんが「支配関係」はありませんし、損失のグループ連帯負担の原理もありません。

 

企業間でも「信頼関係」というヒューマンな関係は一見あるように見えて、個人の家族関係や友人関係と異なり、所詮はお金の論理には負けてしまいます。

 

損得勘定と信頼関係を比較したら、ほとんどの会社は損得勘定を優先するでしょう。継続的な契約であってもそれは同じです。まして、取引先に対する信用毀損や裁判を起こされるリスクが少ない外国企業との間では、信頼関係などというものは、取るに足らない幻想、というのが海外では一般的な認識であると思います。

 

これを前提とすると、事例その4でJF社が交渉力を弱めた原因が見えてくると思います。JF社はB工場の工場長と個人的つながり(信頼関係)があって取引関係が長いからとはいえ、対等な相手であるB工場を過度に信頼しすぎたのではないでしょうか? オーダーをB工場に集中させすぎていなかったでしょうか?

 

完成品の保管を任せる、ということは相手に強力な担保を与えてやるようなものです。出荷を拒否された時点で、海外のB工場に対して完成品を強制的に奪い取る手段を合法的に行使することは非常に難しいものがあります。

 

これは理想論かもしれませんが、JF社は、B工場が拒否したとしても対応できるように、複数の代替できる仕入先や春物商品の在庫を確保しておくべきだったでしょう。

 

これは一見法律的な話ではありませんが、JF社が契約書に基づいて法的な主張を押し通すために必要な要素ですから、契約書の記載内容以前に非常に重要な点です。対等な契約関係においては、このように、取引関係上の有利・不利について常に気を配る慎重さが必要、ということは念頭においてください。

「大事な部品」と言ったばかりに足元を見られ・・・

最後に、いくつかエピソードを紹介します。筆者がよく聞く話では、中国では「経理担当者の仕事はいかに支払いを遅らせるか」だとよく言われています。経理担当者は、ゴネられる相手には支払いを少しでも後伸ばしにすることで、会社のキャッシュフロー改善に貢献しているのです。

 

一方、日本ではどちらかというと「経理担当者の仕事はきっちり間違いなく払って取引先との信頼関係を維持すること」ではないでしょうか? そのような経理担当者の役割の捉え方や常識が国によって違うことを念頭に置いておくべきです。

 

また、次のようなエピソードを聞いたこともあります。ある日本の電子部品メーカーF社は、中国で委託製造した電子部品を、エアコンの完成品に仕上げる日本の家電メーカーに卸しておりました。

 

この製品は完成品を仕上げる日本の家電メーカーにとって非常に重要な製品であり、中国で製造する電子部品は最終製品の基幹となるとても重要なパーツの一部でした。

 

そこで、日本の家電メーカーの幹部役員が、「いかに重要なものであるか」という意気込みを伝えるために、間に入った電子部品メーカーF社の頭越しに、わざわざ中国の委託製造先を訪れて、工場長に「とても大事な部品だからよろしく頼む」と激励に訪れました。

 

ところが、その一週間後、中国の委託製造先は、当初の見積金額を変更し、「見積金額から4割増しの金額でしか製造できない」、ということをF社に突如通告してきました。中国側としては、最終需要者の日本の家電メーカーにとって非常に重要な部品であると知ったため、自社の要望を簡単には拒めないと知った上で足下を見てきたのでしょう。

 

間に入った電子部品メーカーからすると、日本の家電メーカーはわざわざ自分の弱みを宣伝しに行ったようなもので、余計なことをしてくれたと思ったことでしょう。

 

このようなことを見ると、自社側にとって相手方が取引上重要であることを示すことは、それを意気に感じてがんばってくれるのではなく、弱みを見せて付け込まれることになるリスクがあると警戒すべきことなのです。

 

ことほどさように日本企業の常識感覚と外国の常識感覚がずれていることは良くあります。これらのエピソードは、自分たちの良かれと思った行動が、取引上、大きな経済的損失につながるのではないか、という疑いを常にもって慎重に行動すべきことを教えてくれます。

国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと

国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと

絹川 恭久

レクシスネクシス・ジャパン

中小企業が海外展開を進めようとするとき、難関となるのは「進出しようとする対象国の現地法に基づいた、自社事業の法的整備」、そして「信頼できる提携先・アドバイザーの確保」です。しかし、国内にある公的な海外展開支援機…

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