海外取引で失敗しないための「契約書」作成のポイント

今回は、海外取引で失敗しないための「契約書」作成のポイントを見ていきます。※本連載は、日本・ニューヨーク・香港という3つの地域で弁護士資格を持ち、中小企業の海外展開について豊富な支援実績を持つ国際弁護士、絹川恭久氏の著書、『国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと』(レクシスネクシス・ジャパン)の中から一部を抜粋し、法務部や顧問弁護士を擁しない中小企業経営層に対して、「海外進出時の基礎的な法知識」を分かりやすく解説します。

契約書を「しっかり作る」だけでは不十分

連載第1回で紹介したYM社と、連載第3回で紹介したXB社、いずれのケースも日系企業が相手の外国企業による約束違反の対応で被害を受けたケースですが、どちらかというとXB社のほうが傷が浅かったように見えます。その原因はどこにあるのでしょうか?

 

確かに、YM社が契約書に「納期について別途協議申し入れることができる」という規定をおいたことは、相手に支払いを遅らせる言い訳を与えたという点でまずかったかもしれません。しかし契約書の規定の仕方だけで運命が分かれてしまったわけではありません

 

YM社は、4か月も製作に時間がかかる高価な製品を500台(5000万円分)も受注しましたが、前払代金を一切受け取っていませんでした。つまり、YM社は、「注文どおりに機械を製作しさえすればT社が必ず約束通りに製品を引き取ってお金を払ってくれる」と信頼していました。

 

このため、T社が契約に反して支払いをしない事態に全く備えておりませんでした。その結果、T社が約束を破って支払いを渋った時に、YM社自らの損害を軽減する手段がありませんでした。結果として、わざわざ自ら先に費用を負担して仲裁をするかどうか、という企業にとって一番難しい丁半ばくちの判断を迫られてしまいました

 

他方で、XB社は、代金を60%後払いにしていました。このため、納期が遅れたことで自社がこうむった損害を、後払いの代金60%から相殺する、という形で処理することができ、自ら仲裁を起こすかどうか、検討する必要がありませんでした。逆にV社に対しては、「相殺について文句があるなら、そちらが仲裁に訴えろ」と強気に交渉することができました。

 

海外企業との取引では、日本人としては常識を外れた理不尽な要求や不誠実な約束違反を受けることがしょっちゅうあります。その原因は、国による文化、各国の人間性の違いも背景にあるかもしれません。

 

しかし、どの国にも共通していえるのは「相手方は外国にいるのだから、多少不義理を働いても、わざわざ金をかけて裁判や仲裁まで起こしてこないだろう」という、合理的経済人としてごく一般の悪知恵が働くからです

 

確かに海外でも日系企業は相手方企業に対しておおむね誠実です。特に日系企業の外国にある子会社同士の取引では、親会社(日本企業)同士の信用や面子も絡みます。子会社が不履行をすると親会社の信用に傷がつきますから、親会社が子会社に不義理はさせません。

 

子会社が不履行しそうになったら、親会社が代わりに立替えで払ってまで取引先への義理を果たしますので、日系企業の外国子会社には親会社が保証人になっているようなものです。しかし、純粋な外国企業との取引では、そのような面子や信用の問題はあまりありません。

 

筆者がよく扱う中小企業の相談では、法律論的には自社に正当性があってお金を請求できるはずなのに、実際はその正当な請求を強制するための裁判や仲裁の費用が高すぎて、泣き寝入りせざるを得ない、というケースがかなり多くあります。

 

争いの金額が数百万円から数千万円程度のケースでは裁判を起こし、最後まで争い続ける費用だけでそれと同額かそれ以上かかってしまいます。このため、海外企業相手の裁判や仲裁は費用対効果が悪くて到底使えない手続となってしまう、ということに注意が必要です。

 

このことを念頭に置くと、訴訟や仲裁しか選択肢がなくなるも前に、YM社はもう少し早く手を打つべきだったと思います。

「自社に有利な取引ルール」を決めた上で契約書を作る

では、どういった対策がありえるでしょうか? 契約書に関して考えられる対策としては、YM社は「別途協議を申し入れることができる」という規定を入れています。

 

ですがこれに加えて「仮に協議が整わなくても遅くとも5月31日までには支払わなければならない。」とはっきりした日時とともに期限を区切っておくべきだったでしょう。「協議をする」、という表現だけでは具体的な期限が書かれていないため、いついつまでに支払え、と相手に対してと強く明確に要求することができにくくなってしまいます。

 

しかし契約書の規定の仕方以上に大事なのが、前払金や取引保証金の形で早い段階で一部でも確実にお金を受け取っておくべきだったということです

 

お金の受け取り方としては、たとえば発注時に50%代金前払を要求するとか、契約段階で取引保証金として一定のお金を受け取っておけば、YM社は代金の未回収を少しでも減らせたでしょう。

 

さらに、そのような前払金を預かっていれば、T社も、契約違反をすると製品を一つも受け取ることもできずに前払金が没収されてしまうことを恐れて、理不尽な要求をしてこなかった可能性もあります。XB社が60%を後払いにしていたことは、損害金の未回収を減らして買主としての立場を保全するためでした。

 

およそ企業間紛争の最後に行き着くところは、相手にどれだけの負担を押し付けるか、という金額の戦いになります。争いになった後にお金を払わせようとする側は訴訟や仲裁を起こすための費用をまず自ら負担しなければなりません。

 

しかし、先ほど述べたとおり、紛争解決のために費用を負担するのは、どの企業でも嫌です。ですから、紛争になってから払わせようとするのではなく、争いになる前に受け取るべきお金をなるべく早く手にしてしまう、ということが取引において契約書の書き方以上に重要となります

 

お金を先に受け取っていれば、XB社のように損害と差し引いて相殺もできるし、「返してほしければ訴えてみろ」と約束を破った相手に強気に出ることができます。つまり、裁判や仲裁の負担をしてまで相手と争うべきか、という難しい判断を相手方に押し付けることができるのです。

 

なお別の観点からすると、売買の対象物が他の販売先に流用できる在庫品であったり、市場に多く出回っているような商品である場合、売主は売れ残ったものを転売して損失を軽くすることができます。

 

ところが、YM社の受注したT社の特注品のように、製造に独特の仕様が求められ費用と時間がかかる商品の製造販売についてそうは行きません。第三者に売ろうにも高価な特別仕様の製品をあえて買う人はいません。

 

このような場合には、結局のところ、買主からお金をなるべく早めに支払わせる、という形で売主側(YM社)の損害を予防するしかないのです。

 

お金の形でなるべく早めに受け取れるのであれば、名目にあまりこだわる必要はありません。賃貸借契約の敷金の様なイメージで、取引開始するに当たって「取引保証金」の名目で一定金額のデポジットを受け取っておけば、後に損害を受けた場合にも相殺処理することができます。

 

また、手付金や前払金の金額を高く設定したり、建設工事のように、作業工程の中途段階で中間金を払い込ませたりしてもいいかもしれません。相手が中間金を払わなければ、こちらも作業をストップすればいいのです。

 

このように自社に有利な取引ルールを決めた上でその内容に従って契約書を作ることで、初めて自社の利益を確実に守ることができるのです。

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弁護士(日本、香港<ソリシター>、ニューヨーク州)

2003年東京大学法学部卒業。2002年司法試験合格、2004年10月弁護士登録(沖縄弁護士会)。2004年10月から2008年まで那覇市の総合法律事務所にて勤務し、企業法務から一般民事まで幅広く従事。2008年6月に退職し、同年7月からロサンジェルスの南カリフォルニア大学での語学研修後、シアトルのワシントン大学ロースクールでアジア法及び比較法LL.Mを専攻、翌2009年修了。2010年2月ニューヨーク州弁護士登録。
2009年から2010年にかけて、ハワイ州ホノルルの法律事務所2ヶ所(Bays Deaver Lung Rose Holma、Otsuka and Associates)で実務研修。2010年10月に弁護士法人キャストに参画。以後、東京拠点、大阪拠点での勤務を経て2012年1月から香港拠点(村尾龍雄律師事務所)に常駐。2014年8月に香港ソリシターとして登録し、現在Li&Partners律師事務所に出向中。

著者紹介

国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと

国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと

絹川 恭久

レクシスネクシス・ジャパン

中小企業が海外展開を進めようとするとき、難関となるのは「進出しようとする対象国の現地法に基づいた、自社事業の法的整備」、そして「信頼できる提携先・アドバイザーの確保」です。しかし、国内にある公的な海外展開支援機…

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