後継者への権限委譲と「自らの引き際」をどう考えるか?

前回は、創業者が事業承継を躊躇する傾向などについて取り上げました。今回は、円滑な事業承継の要といえる、後継者への権限委譲と先代経営者の引退の問題について見ていきます。

現経営者の「引退回避」が後継者の訓練機会を奪う!?

筆者は、講演会後の懇親の場などで、経営者の方から「後継者が育たないから引退できない」というご相談をよく受けます。この問題は、次の経営を託せる人材がいないというのが原因となっていることも確かです。

 

しかし、少なからず経営者の心理的な傾向が影響している場合も存在します。過去の研究によると、経営者は、キャリアの終盤期にかけて引退に対する心理的なプレッシャーから、暗黙のうちに引退を回避してしまう傾向があるようです。このことは、後継者への権限委譲が十分に進まず、後継者から将来の経営者になるための訓練の機会を奪ってしまうことになるのです。

 

経営者の引退とは、大きく二つの意味が考えられます。

 

第一に、引退は経営者が社内の影響力を自ら引き下げることを意味します。特に創業者や在任期間が長くなった経営者の場合、自分がいなければ到底会社がまわっていかないと考え、自分の存在が会社に不可欠であると思い込んでしまうケースが多いようです。

 

さらに、社内の従業員に加え社外の顧客や取引先から絶大な信認がある場合、なおさら経営者は第一線を退きにくくなるかもしれません。

 

第二に、経営からの引退は、自分の社会的使命の消失に繋がってしまう可能性も秘めています。経営者は会社が人生そのものであると考えている場合があり、引退というキャリア上の転機を乗り越えられず、人生の拠り所を奪われてしまうことにもなりかねません。

事業承継では「理」の入口と「情」の出口が重要

先代経営者の引き際という課題に対して、どのような解決策が模索できるのでしょうか。

 

老舗研究の前川洋一郎教授は、事業承継のエッセンスとして、「理」の入口と「情」の出口という考え方を提示されています。この場合の「理」の入口とは、後継者の選抜の段階を示しています。

 

後継者の選抜では、私情を交えず合理的根拠もって行うべきであるということです。後継者の選抜が客観的に行われることによって、社内の従業員や社外の利害関係者の納得性を高めることができます。

 

他方、「情」の出口とは、経営者が後継者に事業経営のバトンを渡す段階のことです。ここでは、特に後継者世代による先代経営者に対する歩み寄りが重要となってきます。経営者の引き際の問題は、入口と反対に後継者世代が先代経営者の非合理的な側面も許容しつつ、人間の情を交えて検討されるべきであることが示唆されています。

 

「情」の出口の考え方は、経営者の引退の問題に対して二つの示唆を与えてくれます。

 

第一に、後継者世代が先代経営者の引退後の処遇を検討してあげることです。引退後の事業との関わり方や処遇(役割や報酬など)が明確にされることで、先代経営者はキャリア上の大きな転機を乗り越えるための心の準備ができるでしょう。早期に心の準備ができれば、円滑な世代交代に向けた権限委譲も進みやすくなる可能性がでてきます。

 

第二に、後継者世代が先代経営者の在任期間中の功績を承認してあげることです。先代経営者にとっては、自ら築き上げたレガシーが次世代から受け入れられることで、逆に後継者世代の方針を受け入れやすくなるでしょう。このことは、世代間で異質な価値観を認め合うことに繋がり、事業革新の芽を育むことにも繋がるかもしれません。

 

事業承継の出口では、人間の情、つまり世代間相互の配慮と承認が重要なカギとなってくるといえるでしょう。

 

 

<参考文献>

『なぜあの会社は100年も繁盛しているのか 老舗に学ぶ永続経営の極意20』(前川洋一郎、PHP研究所、2015年)
『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)
Handler, W . C , and Kram, K. E. (1988). Succession in Family Firms: The Problem of Resistance. Family Business Review, 1(4), 361-381.
Handler, W. C. (1990). Succession in Family Firms: A Mutual Role Adjustment between Entrepreneur and Next-generation Family Members. Entrepreneurship: Theory & Practice, 15(1), 37-51.
Lansberg, I. S. (1988). The Succession Conspiracy. Family Business Review, 1(2), 119-143.
Sonnenfeld, J. (1988). The Hero s Farewell, Oxford University Press (吉野壮児訳, 『トップ・リーダーの引退』新潮社, 1992年).
Gersick, K. E., Davis, J. A., Hampton, M. M., and Lansberg, I. S. (1997) Generaition to Generaition : Life Cycles of the Family Business, Harvard Business School Press (犬飼みずほ・岡田康司訳,『オーナー経営の存続と継承』流通科学大学出版, 1999年).

本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

日本経済大学 経営学部 准教授 名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科 客員教授

1973年神戸市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。経営学者。
大和証券(株)入社後、本社人事部、大和証券SMBC (株)金融法人部をへて、2014年より日本経済大学経営学部(東京渋谷キャンパス)准教授就任。現在、ファミリー企業の事業承継について経営学の観点から研究を行う。大学での研究活動を軸に、中小企業の事業承継コンサルティング、承継計画の策定、事業承継に関するセミナーなどに従事する。2015年末に日本で初めてとなる同族経営の実証研究書となる『ファミリービジネス白書』を同友館から発刊。同書の初代企画編集委員長を務める。

著者紹介

連載円滑な世代交代を実現――事業承継の要諦

事業承継のジレンマ

事業承継のジレンマ

落合 康裕

白桃書房

日本は、長寿企業が世界最多と言われています。特にその多くを占めるファミリービジネスにおいて、かねてよりその事業継続と事業承継が大きな課題とされており、研究テーマとしても注目を集めつつあります。 本書はこの問題を…

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