不動産取引や住宅リフォーム等において金銭的なトラブルはつきものです。本連載では、犬塚浩氏監修・共著『Q&A建築瑕疵損害賠償の実務 ―損害項目と賠償額の分析―』(創耕舎)より一部を抜粋し、建築瑕疵(欠陥)によって起きた裁判のうち、「契約費用関係」の判例を中心にご紹介します。

「履行の着手」の有無がポイントとなる手付金

Q 不動産取引の紛争において、手付金と違約金の支払に関する裁判例の傾向を教えてください。特にどのような点がポイントになりますか。

 

A 手付金に関しては、相手方が「履行の着手」があったかどうかがポイントになる。違約金に関しては、契約に違約金の定めがある場合に、相手方に債務不履行が認められるかどうかの他に違約金を超える請求が認められるかがポイントになる。

 

【肯定例】

手付金については「履行の着手」後であるとして、手付解除の主張を否定した〈③東京地判H25・9・4〉、〈⑧東京地判H21・10・16〉、「信義則」を根拠として違約金請求額を制限した〈⑩福岡高判H20・3・28〉、過失相殺により賠償請求を一部制限した〈⑫東京高判H11・9・8〉、〈⑱東京地判H3・2・28〉、違約金については「損害賠償額の予定」の推定を覆す反証がないとして違約金以外の賠償請求を否定した〈⑮東京地判H5・12・16〉は参考になる。なお、錯誤無効の主張を認めた事案が4件(〈⑭東京高判H6・7・18〉、〈⑯ 東京地判H5・11・25〉、〈⑲大阪高判H2・1・24〉、〈⑳大阪高判H 元・9・22〉)存在しており、説明不十分との理由で錯誤無効の主張を認めるケースが比較的多い点も参考になる。

 

①東京地判平成27 年1月29 日判例秘書L07030081
不動産業者が売主に対し、主位的に、土地建物の売買契約が成立したにもかかわらず売主が土地建物の引渡しをしないとして売買契約を解除するとともに1000万円の手付金の返還と約定違約金6160万円(売買代金3億800 万円の20%)の支払を求め、予備的に、売主に不法行為が成立するとして同額の損害賠償請求を求めた事案につき、売買契約の成立は否定したが不法行為は認められるとして手付金1000万円相当を損害として認めた。ただし、違約金条項は契約が有効に成立したことを前提とするものであるから違約によって生じる損害は観念し得ないとした。

▶土地建物 ⇒ 手付金−請求額(1000万円)・認容額(1000万円)、違約金−請求額(6160万円)・認容額(0円)

 

②東京地判平成26 年9月30 日判例秘書L06930591
売主が買主に対し土地の売買契約が買主の債務不履行により解除されたと主張した事案につき、買主の債務不履行を認め約定違約金1320 万円の請求を認めた。なお、買主による「売主は宅地建物取引業の免許を有していないため本件違約金の請求は権利乱用として許されない」との主張に対しては、売主の登記簿には「不動産取引」が掲げられ、本件売買契約が転売によるものであるからといって直ちに売主が宅地建物取引業の無免許営業を行っていたと断じることはできないとした。

▶土地 ⇒ 違約金−請求額(1320万円)・認容額(1320万円)

 

③東京地判平成25年9月4日判例秘書L06830759
売主が買主に対し、土地の売買契約の違約金条項に基づき違約金940 万円(売買代金の20%に当たる違約金1440 万円から手付金として受領済みの500 万円を控除した額)の支払を求めた事案につき、買主の手付解除の主張は売主の履行着手(登記手続の準備)後であるから認められないとし、違約金940 万円の請求を認めた。

▶土地 ⇒ 違約金−請求額(940万円)・認容額(940万円)

 

④東京地判平成25年4月18日判例秘書L06830340
不動産の売買等を目的とする会社(売主)が買主との間で土地建物の代金を5080万円、手付金100万円、違約金508万円の約定で売買契約を締結したが、買主が約定の支払日に残代金の支払を怠った事案につき、売主の契約解除の主張を認め、違約金408万円(違約金508万円から受領済みの100万円を控除した額)の請求を認めた。

▶土地建物 ⇒ 違約金−請求額(408万円)・認容額(408万円)

 

⑤東京地判平成24年11月7日判例秘書L06730724
住宅ローンの借入れにより売買代金を支払うことを予定して土地建物を購入した買主が、銀行から借入れを拒絶されたことで売主から契約解除され違約金等を支払ったことについて、売買契約を媒介した不動産業者に債務不履行に基づき、銀行に不法行為に基づき、売主に支払った手付金225万円等の支払を求めた事案につき、銀行に対する請求は棄却したが、買主に対し必要な助言をすることを怠った不動産業者の債務不履行責任は認めた。

▶土地建物 ⇒ 手付金−請求額(225万円)・認容額(225万円)

死亡事件の存在を買主に告知しなかったケース

⑥東京地判平成22年8月27日判例秘書L06530467
土地建物の買主が約定の期日までに引渡しを受けることができなかったとして、売買契約を解除し、売主である不動産業者に対し手付金(1億円)の返還及び違約金(1億円)の支払を求めた事案につき、不動産業者代表者の表見代理を認め、違約金と手付金の請求を認めた。

▶土地建物 ⇒ 違約金−請求額(1億円)・認容額(1億円)、手付金−請求額(1億円)・認容額(1億円)

 

⑦大阪地判平成21年11月26日判タ1348号166頁
マンションの居室内で他殺が疑われる死亡事件のあったことを買主に告げなかったことが売主の契約上の告知義務違反にあたるとして違約金280万円の支払を命じた。

▶マンション ⇒ 違約金−請求額(280万円)・認容額(280万円)

 

⑧東京地判平成21年10月16日判タ1350号199頁
売主が土地建物について引渡時までに担保権及び賃借権を抹消しておく特約のある売買契約において、売主による建物の賃借権消滅行為も売主の「契約の履行に着手する」にあたるとして、買主の手付解除の主張を退け、売主の債務不履行解除による違約金9億5220万円の請求を認めた。

▶土地建物 ⇒ 違約金−請求額(9億5220万円)・認容額(9億5220万円)

 

⑨東京地判平成21年3月24日判例秘書L06430134
土地の売買契約について、売主が買主の代金支払債務不履行による契約解除を主張し違約金の支払を求めたのに対し(本訴)、買主は売主の土地引渡を怠った債務不履行による契約解除を主張し違約金(4400万円)を請求(反訴)した事案につき、買主の主張を認めて売主に対する違約金の請求を認めた。

▶土地 ⇒ 違約金−請求額(4400万円)・認容額(4400万円)

 

⑩福岡高判平成20年3月28日判時2024号32頁
マンション一室の売買契約について、売主が買主に対し約定期日に代金を支払わなかったとして違約金528万円(違約金728万円から手付金200万円を控除した額)の支払を求めた事案につき、買主の違約金支払義務は認めたものの、認められる違約金の額は当該マンション一室が解除後1か月以内に他の物件と比較して早期に売却されていることから、売主に生じた損害は比較的軽微なものと推認されるため、買主が違約金として請求できるのは、信義則上、既に授受されている手付金200万円のほかに200万円と認めるのが相当であるとした。

▶マンション一室 ⇒ 違約金−請求額(528万円)・認容額(200万円)

 

⑪東京地判平成20年3月14日判例秘書L06332207
買主が残代金を支払わないとして売主が土地建物の売買契約を解除し、違約金3億350万円の支払を求めた事案につき、買主の違約金減縮の合意があったとする主張は認められないとして、違約金3億350万円の請求を認めた。

▶土地建物 ⇒ 違約金−請求額(3億350万円)・認容額(3億350万円)

 

⑫東京高判平成11年9月8日判時1710号110頁
マンションの売買につき分譲マンション販売業者である売主が、日照、通風等について正確な説明を買主に対して行わなかったことについて、売主の買主に対する債務不履行責任を認めた。ただし買主側の過失相殺を5割認めて(第一審判決を変更して)手付金の半額の賠償請求を認めた。

▶マンション ⇒ 手付金−請求額(430万円)・認容額(215万円)

 

⑬東京地判平成6年12月16日判タ891号139頁
地主から土地を借りてマンションを建築する計画が、借地人・保証人(事前求償権者)により破棄され、マンション建築計画が頓挫したという事案につき、マンション建築計画のパートナー(主債務者)から借地人(保証人)に対する損害賠償請求を認め、建築業者との請負契約を合意解約することに伴う違約金134万2000円の請求を認めた。

▶マンション ⇒ 違約金−請求額(134万2000円)・認容額(134万2000円)

誤った「建蔽率・容積率」が新聞広告に掲載

⑭東京高判平成6年7月18日判時1518号19頁
売買の対象となった土地、一戸建て建物に関する建蔽率・容積率について誤った新聞広告がなされ、かつ契約締結時においても仲介業者から買主に対して誤った説明がなされた事案につき、買主の錯誤無効の主張が認められ、売主の買主に対する手付金500万円を含む代金(8315万7082円)の(不当利得)返還義務が認められた。

▶一戸建て ⇒ 手付金返還−請求額(500万円)・認容額(500万円)

 

⑮東京地判平成5年12月16日判タ849号210頁
転売目的の鉄筋コンクリート造マンション売買契約において建築基準法上の完了検査済証を交付することが予め特約として定められていたにもかかわらず交付できなかった事案につき、完了済検査証がない場合の不都合等も斟酌して買主からの解除請求を認め、違約金の定めに基づき代金の20%の支払請求を認めた。ただし、この損害賠償額の予定の推定を覆す反証がないことから、違約金以外の損害賠償請求は否定した。

▶鉄筋コンクリート造マンション ⇒ 違約金−請求額(5805万4826円)・認容額(5805万4826円)

 

⑯東京地判平成5年11月25日判時1500号175頁
マンションの売買契約で住宅ローンが実行されなかった事案において、「住宅ローンが実行されない場合には契約を解除できる」という合意の存在は否定されたが、購入資金計画について融資を受けることを前提としていたこと、売主も本来融資を受けられないケースであるが融資を得られるような説明をしていたこと、融資手続は売主が代行すると説明していたこと等から買主の錯誤無効の主張を認め、手付金を含む支払済みの売買代金の返還請求を認めた。

▶マンション ⇒ 手付金を含む売買代金の一部−請求額(750万円)・認容額(750万円)

 

⑰名古屋地判平成5年6月11日判タ838号218頁
売主の買主に対する違約金残額の請求に対して、買主が当該不動産売買契約の合意解除の際に「手付金以外の違約金を支払わない」旨の合意があることからこれを拒絶した事案につき、買主がこれを根拠として違約金残額(1725万円)の支払を拒絶することは信義則上許されないとして、買主に対し違約金の支払を命じた。

▶土地・木造一戸建て ⇒ 違約金−請求額(1725万円)・認容額(1725万円)

 

⑱東京地判平成3年2月28日判時1405号60頁
河川の拡幅対象地のため建築禁止の行政指導があるにもかかわらず、これを仲介業者が説明しなかった場合に売主と買主の双方の仲介業者に説明義務違反に基づく不法行為責任を認め、手付金(2150万円)のうち2割の過失相殺を認めて残額の請求を認めた。

▶土地 ⇒手付金−請求額(2150万円)・認容額(1720万円)−2割過失相殺

 

⑲大阪高判平成2年1月24日判タ721号180頁
建物建築目的の売買の対象の土地について、安全な建物を建築するには擁壁を根本的に補修する必要があり、このまま建築すると建物が傾斜する恐れがあり、擁壁工事に多額の費用がかかること等について誤信したことによる要素の錯誤に基づく売買契約の無効が認められるとして、手付金300万円の返還請求を認めた。

▶土地 ⇒ 手付金−請求額(300万円)・認容額(300万円)

 

⑳大阪高判平成元年9月22日判タ714号187頁
飛行場の近くの土地売買について仲介業者から高さの制限の説明がなかった事案につき、第一審における買主(不動産業者)の詐欺の主張は認められなかったが、控訴審における買主の要素の錯誤の主張を認め、かつ、重過失はないとして手付金1575万円の返還請求を認めた。

▶土地⇒手付金−請求額(1575万円)・認容額(1575万円)

 

東京高判平成元年8月10日金商838号14頁
マンションの一区画を飲食店(そば屋)経営目的で購入したが、飲食店には適しない構造であることを根拠に買主が無催告解除した事案につき、第一審は上記契約目的の存在を否定したが、第2審において上記契約目的の存在を認め、必要な設備を設置すると建築基準法に違反することから約定どおりの無催告解除が認められるとして違約金の一部金120万円の請求を認めた。

▶マンション⇒違約金−請求額(120万円)・認容額(120万円)

 

否定例

違約金の定めがあっても、債務不履行が否定された場合には違約金支払義務は発生しない。

 

東京地判平成21年9月1日判タ1324号176頁
信託受益権の売買契約(代金91億3684万5000円、手付金4億5684万2250円、違約金18億2736万9000円)において、売主が買主に対し契約の解除を主張し違約金13億7052 万6750円(受領済手付金を控除した額)を請求した事案につき、代金支払日までに買主が貸付けを受けられない場合等には売買契約が失効するとの条項があり、かつ、同条項により契約が失効する蓋然性が高いときは、契約書で買主が受託者を指定するとされていても、買主はその義務を負わないとして売主の主張を否定し違約金の請求を認めなかった。

▶土地建物⇒違約金−請求額(13億7052万6750円)・認容額(0円)

Q&A建築瑕疵損害賠償の実務  ―損害項目と賠償額の分析―

Q&A建築瑕疵損害賠償の実務 ―損害項目と賠償額の分析―

犬塚 浩 永 滋康 宮田 義晃 西浦 善彦 石橋 京士 堀岡 咲子

創耕舎

建築瑕疵の裁判例から重要なものを抽出し、その概要・損害賠償の可否・請求費目・具体的金額等を事案ごとに整理・分析し、住宅紛争処理の迅速かつ適切な解決・予防のために有益な書籍。

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