今回は、賦課方式による公的年金制度を維持するため、保険料を「掛け捨て」にするという方法を考察します。※本連載は、明治大学商学部教授の北岡孝義氏の著書、『ジェネレーションフリーの社会』(CCCメディアハウス)中から一部を抜粋し、公的年金の現在とこれからについて考察します。

高所得者には基礎年金給付を「我慢」してもらう!?

もはや「国民皆年金」としての基礎年金が機能しないのなら、政府はこれを改める必要がある。そこで、基礎年金は、実質「生活保護的な意味を持つ基礎年金」に改めるのが一案だ。その制度が、以下で説明する「掛け捨て」の年金制度である。

 

前述したように、政府内には、高所得の高齢者には基礎年金の給付を我慢してもらおうとの意見がある。確かに、年金財政が厳しい中、高齢者一律に年金を給付する必要はない。生活力のある高齢者の老後はすでに安定している。そうした人たちには、本来、基礎年金の受給の有無は、切実な問題ではない。

 

しかし高所得の高齢者も、現役時には真面目に年金保険料を支払ってきたのだ。政府は、年金保険料を強制的に徴収しておいて、「あなたは金持ちの高齢者になったので年金は必要ない」と言われれば納得しがたいだろう。不公平というより、むしろ詐欺に近い。

 

そこで、基礎年金の公的年金制度は、「掛け捨て」の年金制度にしてはどうか。「掛け捨て」の年金制度なら、結果的に金持ちになった高齢者は年金の受給を受けない。真に生活に困窮する高齢者に対してのみ年金が給付される。これが「掛け捨て」の年金制度である。ちょうど、生命保険に「掛け捨て」の商品がある。保険の適用期間に死亡すれば保険金が給付されるが、生存すれば保険金は支給されない。それと同じ仕組みだ。

 

すべての国民に対して、現役時代に「掛け捨て」の年金制度への加入を義務づける。高齢になっても十分な所得がある人には、年金給付は行われない。所得がなく生活の困窮した高齢者のみに保険金としての年金が給付される。

 

「掛け捨て」の年金制度なら、保険のスキームからして高齢者への不平等な対応にはならない。最初から、「高齢時に金持ちになれば、年金の給付は受けられません」と謳っているのだ。

 

「掛け捨て」の年金制度は、高齢者の生活のセーフティネットとして機能する。そして何より、「掛け捨て」の年金制度なら、保険料は現在と比べて格段に安くなるのである。「掛け捨て」の年金制度も、現在の年金制度と同様に、賦課方式が採用される。生活困窮の高齢者に対して給付される年金は、原則、現在の現役世代が支払う「掛け捨て」の保険料が原資となる。

 

現在の基礎年金はすべての国民に一律に支払われるので、「少子高齢化」の時代には機能しない。だが、「掛け捨て」の年金制度のもとでなら、一定の所得のある高齢者には年金給付はされず、生活困窮の高齢者のみに給付される。また、「掛け捨て」の年金制度なら、年金給付の対象はすべての高齢者ではなく、一定の所得以下の高齢者に限定されるので、少ない現役世代であっても、「賦課方式」は機能する。

 

問題は、一定の所得以下の高齢者をどのように線引きするかだ。線引きが難しければ、高齢者の所得比例の年金給付であってもよい。

「困窮者への施し」でない点が重要

「掛け捨て」の年金制度を強制加入にすると、金持ちの国民は保険金としての年金給付を受ける可能性はほとんどゼロに近いので、不平等だと思うかもしれない。

 

この点も、雇用保険と類似する。雇用保険は掛け捨ての保険だが、公務員や自営業者を除くすべての働く人たちに適用される。例えば、私立学校の教員や大企業勤務のエリートの場合、不安定な職に就いている人に比べ、失業するリスクはずっと少ない。

 

失職のリスクという点から見れば、リスクが低い人も、高い人と同様に保険料を支払わされているのは不公平と言えるだろうが、彼らは「形を変えた税金」だと納得して保険料を支払っている。

 

これと同じで、現役時に金持ちの人は、「掛け捨て」の年金制度に強制加入させられても、老後の生活に困窮する可能性は低い。したがって、年金給付を受ける可能性も少ない。

 

「掛け捨て」の年金制度には抵抗があるかもしれないが、そこは雇用保険と同じで、形を変えた税金だと認識してもらえればよい。

 

実際、現役時に金持ちであっても、老後も同様である可能性は100%ではない。いくら今金持ちでも、老後に年金給付が必要になるリスクは残る。それに、「掛け捨て」の年金制度にすれば、現行の基礎年金と比べて、保険料が格段に安くなる。

 

この2点からも、「掛け捨て」の年金は、現在金持ちの人にも受け入れやすいと思う。

 

そして、もっとも大きな違いは、「掛け捨て」の年金制度の年金給付は、生活保護のような国からの「施し」ではないことである。

 

高齢の生活困窮者も、現役時代に保険料を支払っているので、当然の権利として年金を受給できるのだ。「掛け捨て」の公的年金制度は、実質的に生活困窮の高齢者の生活保護として機能し、しかも財源として、現役世代が支払う「掛け捨て」の保険料を充てることができる。

 

しかし、公的年金の形なのだから、生活困窮の高齢者に心理的な負担を与えないという意味ではベストではないか。

 

この「掛け捨て」の年金制度は、現行の基礎年金、生活保護に代わり得る。十分に検討に値する制度だ。さらに言うなら、基礎年金と生活保護を折衷してもよい。現行の基礎年金を、実質、生活保護の意義を持つ制度に改める。それも前述と同様、「掛け捨て」の年金制度とし、困窮する高齢者のみに年金を給付する。その際に基礎年金の給付額を引き上げ、高齢者が基礎年金によって最低限の生活が営むことができるよう、制度を改める。

 

厚生年金のほうは、原則、所得比例・積立方式の制度にする。また、厚生年金の加入は義務づけずに国民の自由とする。そして、基礎年金プラスαとしての厚生年金の事業は、民間に委ねる。このような年金改革によってこそ、政府は国民に対して最低限の生活を保障する義務を果たすことができるのではないだろうか。

本連載は、2015年7月21日刊行の書籍『ジェネレーションフリーの社会』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ジェネレーションフリーの社会

ジェネレーションフリーの社会

北岡 孝義

CCCメディアハウス

もう年金には頼れない。では、どうやって暮らしていくか──。現行の年金制度が危機に瀕している日本が目指すべき道は、定年という障壁をなくし、あらたな日本型雇用を創出することだ。さらには、個々人の働くことへの意識改革…

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