今回は、公的年金制度の「マクロ経済スライド」の概要について見ていきます。※本連載は、明治大学商学部教授の北岡孝義氏の著書、『ジェネレーションフリーの社会』(CCCメディアハウス)中から一部を抜粋し、公的年金の現在とこれからについて考察します。

公的年金制度を維持するために年金給付を減額!?

「マクロ経済スライド」は、これは実に複雑でわかりづらい。わかりづらさの理由は、崩壊寸前にある公的年金制度を、何とか継ぎはぎして維持しようとしているからではないか。

 

「マクロ経済スライド」の理屈はこうだ。「マクロ経済スライド」は、年金給付を支える現役世代(公的年金の被保険者)が減少した場合や、年金を受け取る高齢者世代の平均寿命が延びた場合に、年金給付を調整(減額)する仕組みだ。

 

なぜそうした調整が必要かというと、前述したように、現役世代が支払う年金保険料の上限を設定したからだ。現役世代の負担の上限を決めたわけだ。

 

少子高齢化が進む中で、全体として現役世代が減少し、平均寿命も延びる。現役世代が減少すれば、年金給付の原資(年金保険料の総額)が減少する。一方、平均寿命が延びれば、年金給付額が増える。年金財政の収入が少なくなり、支出が増えるわけだ。

 

こうした事態が進めば、公的年金制度は維持できない。したがって、少子高齢化のもとで公的年金制度を何とか維持するために、「マクロ経済スライド」という名目で、年金給付を減額しようというわけだ。

 

こうした「マクロ経済スライド」の考えは、スウェーデンの年金改革をまねたものだ(厚生労働省、報道発表資料「年金改革の方向性と論点」2002年12月5日参照)。

 

最初に、年金給付の原則を確認しておこう。年金給付は、物価や賃金が上昇すると、給付額も連動して増える仕組みになっている。物価が上昇すれば、年金に頼る高齢者の生活が苦しくなるので、年金給付もそれに見合った分は増やそうというわけだ。

 

また、現役世代の賃金が上昇すれば、現役世代の生活は楽になる。一方、高齢者世代の年金給付額を増やさないとすれば、年金に頼る高齢者の生活は現役世代の生活と比べて相対的に低下する。そこで、賃金が上昇すれば、高齢者の生活が現役世代と比べて悪くならないように、年金給付額を増やす。

 

このように、年金給付は、基本的に物価や賃金の上昇に応じて増やす。しかし、現役世代の減少率や平均寿命の伸び率が上昇する場合は、現役世代の負担に上限があるので、年金給付の減額で調整する。それが、「マクロ経済スライド」の基本的な考え方だ。

 

例えば、平均寿命の伸び率が0.3%、現役世代の減少率が1.7%であるとすると、「マクロスライド」による調整率は2%となる。物価や賃金の上昇率が2%であったとすると、年金給付の上昇率はゼロとなる。すなわち、

 

〈物価上昇率2%〉-〈マクロ経済スライドによる調整率2%〉=年金給付の伸び率0%

 

ただし、デフレ期のような物価や賃金の上昇率がマイナスの場合は、「マクロ経済スライド」は発動されない。物価や賃金の上昇率がマイナスになれば、それだけで年金給付額は減額となるからだ。

 

物価や賃金の上昇率がマイナスのときは、それに連動して年金給付額の上昇率もマイナスになる。物価や賃金の変動で年金給付額が名目でマイナスになる場合は、「マクロ経済スライド」の発動は停止される。

 

例えば、物価や賃金の上昇率がマイナス2%の場合は、「マクロ経済スライド」による減額がないので、年金給付の伸び率はマイナス2%となる。すなわち、

 

〈物価上昇率マイナス2%〉-〈マクロ経済スライドによる調整率0%〉=年金給付の伸び率マイナス2%

 

以上が「マクロ経済スライド」の仕組みだ。

現役世代の賃金収入の半分が「下限」として保障

前述したように、年金給付額は物価や賃金の上昇率にスライドする。2004年度の年金改革以前は、物価上昇率のみにスライドする仕組みだった。改革後は、65歳から68歳までの新規の年金受給者(新規裁定者と呼ぶ)の年金額は賃金上昇率に、68歳以降の年金受給者(既裁定者と呼ぶ)の年金額は仕組みに変わった。

 

年金給付改訂の基本的な考えとして、年金を受給する高齢者世代は、現役世代の生活と比べて格差が拡大しないように、年金額を改訂しなければならない。

 

この考えは、制度的に次のように反映されている。

 

現役世代を終えたばかりの65歳から67歳の年金受給者の年金改訂は、現役世代の賃金の伸びにスライドさせる。しかし、68歳以上の年金改訂は、賃金の伸びではなく従来と同じ物価の伸びにスライドさせる。

 

あまり現実味はないが、賃金の伸びが物価の伸びをはるかに上回る状態が続いた場合、物価の伸びにスライドする68歳以上の既裁定者の年金は、現役世代の賃金収入と大きく乖離することになる。

 

その場合は、「所得代替率50%ルール」で対応する。すなわち、最悪、現役世代の賃金収入の半分(現役世代の所得の50%)が下限として保障される。また、物価上昇率が賃金上昇率を上回っていれば、新規裁定者、既裁定者ともに低い賃金上昇率にスライドする。

 

年金保険料は現役世代の賃金収入に基づく。物価の伸びが賃金収入の伸びを超えても、賃金の伸びを上回る年金給付は困難との考えに基づくものだ。

本連載は、2015年7月21日刊行の書籍『ジェネレーションフリーの社会』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ジェネレーションフリーの社会

ジェネレーションフリーの社会

北岡 孝義

CCCメディアハウス

もう年金には頼れない。では、どうやって暮らしていくか──。現行の年金制度が危機に瀕している日本が目指すべき道は、定年という障壁をなくし、あらたな日本型雇用を創出することだ。さらには、個々人の働くことへの意識改革…

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