今回は、M&Aを見越した事業提携を経て「企業売却」に成功した事例を見ていきます。※本連載は、起業支援NPO、金融コンサルティング・M&A・不動産・投資教育事業会社などを多数運営する、佐々木敦也氏の最新刊『中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A』(ジャムハウス)の中から一部を抜粋し、実際の中小ベンチャー企業のM&Aを例にとり、M&Aを中小企業経営成功の切り札にする方法を解説します。

将来のM&Aを視野に入れた事業提携からスタート

前回の続きである。その後、F氏とS氏は再度面談。(※1)将来のM&Aも視野に入れた事業提携を進めることとなった。甲社の社員は、乙社の仕事に取り組むようになった。そして、乙社のプロジェクトマネジャーD氏が少しずつ甲社の社員と接するようになった。

 

仕事を通じたゆるやかな連携が一年近く行われた頃、F氏は乙社への売却を具体的に進めることを決意した。そして改めてS氏と面談して売却条件を話しあった。F氏の最低条件は次の2点。

 

(1)現在の甲社の社員を継続雇用してもらうこと。

(2)F氏の後任として乙社のD氏を取締役として入ってもらい、F氏から業務の引継ぎを行うこと。

社員への丁寧な対応&説明で事業の引継ぎも円滑に

甲社は借入もなく現預金が豊富であったため、売却交渉は円滑に進んだ。乙社からの条件としては、F氏が譲渡後一年間は相談役として業務の引継ぎと顧客への営業支援に関わってもらいたいとのことであった。F氏としては病気治療のため体力的な不安はあったが、引き受けることとした。

 

(※2)方向性が固まったところで、F氏は自分の病気、それを踏まえた提携、今回の売却の決定について社員に話をした。社員に大きな動揺はなく、逆に病気と闘いながら自分達のことを考えてくれたF氏に感謝を表した。そして、F氏は一人ずつ面談を行い社員の心境を聞いた。さらに、数日後にも一人ずつ面談を行った。

 

1回目の面談は発表直後であったため、まだ考えがまとまらない者も多い。数日したら整理もつくだろうとの配慮であった。

 

2回目の面談では、社員から様々な質問が出た。「本当に継続雇用をしてもらえるのか」「勤務場所は変わるのか」「給与体系はどうなるのか」「顧客は離れてしまわないのか」等々。

 

(※3)丙M&Aアドバイザーのアドバイスもあり、(※4)事前に出てきそうな質問への対応も準備していたため、不安を除くための効果的な面談となった。1回目、2回目の面談を通じて特に退職等の意向を示す者はおらず、ほぼ全員が乙社に移ることに同意をした。

 

その後、(※5)正式な譲渡契約を締結。F氏は病気の治療と並行し、できる限り引継ぎに取り組んだ。その結果、顧客からの大きな取引減少もなく順調な事業の引継ぎが実現された。

 

(※6)M&A後は、両者の想定したメリットやシナジーが現れた。特に、甲社社員においては、会社の成長に関われて待遇もアップし、感謝の声が上がっている。

 

 

成功の教訓

 

(※1)提携期間を“様子見”期間として利用し、売却ステップを着実に踏んでいった。
いわば、結婚生活前の同棲生活でお互いの相性等を確認するようなもので売却への移行もスムーズになりやすい。

 

(※2)ステークホルダーへの対応はM&A成功にとっての最重要課題。通常、一般社員への告知は、最終契約後であるが、状況を勘案して早めの対応となった。このようにM&Aにおける各種対応は、教科書的でなくケースバイケースで適切に対応することが求められる。

 

(※3)経験あるM&Aアドバイザーからのアドバイスは有効。手順・段取りは慎重かつ確実に行いたい。

 

(※4)中小ベンチャー企業の最大の資産は“働いていただく社員”である。その点に最大限の配慮をした計画で適切である。特に、情報開示後は面談を通じた細やかな対応を実行。価値を棄損せずに最終契約(売却)まで至る。

 

(※5)一般取引先へは売却決定まで情報をクローズ。秘密保持体制が重要である。

 

(※6)PMIでの顧客創造というテーマも提携を通じてスムーズに達成でき、社員のモチベーションアップが図れた。

中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A

中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A

佐々木 敦也

ジャムハウス

日本の中小ベンチャー企業がM&Aをどのように活用できるか、またすべきか、という視点に重きをおいてまとめた入門書。 元M&Aアドバイザーが客観的・中立的な視点で、大企業でない中小ベンチャー企業のM&A市場を概観し、M&Aの…

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