前回は、「事業の拡大志向」から生まれたM&Aの高値売却事例を紹介しました。今回は、他業種とのマッチングに成功した製造業M&Aの事例を見ていきます。

ニッチな分野で、取引は安定していたが・・・

実例6◦拡大志向の買受企業のニーズに合致

 

産業用機械製造販売 資本金1000万円 売上高2億円 従業員数15名

譲渡価格:5000万円、役員退職金:社長に3000万円

 

瀧本電気機器株式会社(仮名)は創業30年、産業用機械の製造や販売を行っている中小製造業です。

 

従業員15名と小規模ながら多彩な自社オリジナル製品を持つファブレスメーカーで、販路も全国に広がっています。ニッチな分野であったことから、大手販売先との取引は安定しており、経営も悪い状態ではありませんでした。売上高は2億円です。

 

しかし、ある時、創業者でもある社長が亡くなってしまいます。事業承継対策など何もしていなかったため自社株の問題がどうにもできず、結局、経理をしていた次女が急きょ社長に就任することになりました。

 

次女は責任感が強い女性で、社長になってからというもの、毎日経営について勉強していました。従業員もそんな次女のひたむきな姿勢を見て、温かくサポートをしてくれます。また、古参の社員がしっかりしていたため、その後も目立ったトラブルはなく業績を落とすこともありませんでした。

 

そのまま5年が過ぎると、次女の瀧本社長も経営に慣れてきて、視野が広がってきます。そしてある時、そろそろ将来のことを考えてもいいのではないかという思いがよぎります。瀧本社長は40歳、社長としてはまだ若かったので、このまま社長を続ける分には構わないとは思っていました。ただ、それでは今の状態が継続するだけです。もう数年もすれば従業員の高齢化の問題も看過できなくなるし、世の中の情勢を踏まえても、今のうちに基盤を固めておくことが得策ではないかと考えたのです。

 

瀧本社長は副社長にだけ相談すると、まさしく私もそういうことを考えていたと同意してくれました。役員たちも引退時期について思いを巡らしていたようで、M&Aで別の会社と一緒になることで会社を維持していくことができれば、安心して引退できるということでした。

 

まだ経営に携わって経験の浅い瀧本社長には、M&Aといってもイメージは全く湧きませんでした。唯一M&Aのイメージと言えば、メディアで見聞きする乗っ取りや身売りをする敗者のイメージです。父から引き継いだ会社を、そんな方法で売却していいものかと躊躇していましたが、とにかく一度専門家に相談しようと心に決めたそうです。

 

そして、私の元へと来ていただきました。M&Aの基礎情報やそのメリットを伝えながらも、まずは中小企業のM&Aは友好的な場合がほとんどだから心配しなくていいことを説明しました。それから、お父さまが築き上げた会社のためにM&Aを検討するのは決して間違いじゃないということを説明しました。瀧本社長の迷いはそれらの言葉を聞いて払拭されたようで、安心して本格的にM&Aを検討することにしました。

他業種とのマッチングを成功させた3つの強みとは?

私は様々な資料を受け取り、瀧本電気機器の強みを洗い出しました。すると、全国や大手への販路、多彩なオリジナル製品、自己資本や設備が少ないため、投資金額が低い、この3つの強みが浮かび上がってきました。

 

しかし、このような案件の場合は、相手を探すうえで販路やブランドが欲しいだけの相手を選ばないよう細心の注意が必要です。なぜなら、下手に同業を選んでしまうと、ノウハウをすでに持っていることから、販路やブランドだけを手に入れ、早々に従業員のクビが切られかねないためです。特に瀧本電気機器の場合には、従業員に高齢者も多く、従業員を守るための配慮が必要でした。

 

役員2名も引退時期であり、純資産ベースでの譲渡価格も低いため、販路や自社製品だけを買おうとしている企業が出てきてもおかしくはありません。

 

そこで縦軸や横軸ではない、他業種の相手を優先して探すことにしました。

 

その中で私が可能性を感じたのが、ソフト開発を中心とした技術者派遣業を行っている会社です。売上高は40億円、従業員は150名という規模の人材派遣の会社ですが、実業を持ちたいという意向があり、製造業への進出や自社製品の獲得を模索していました。他業種であることから人材も完全に引き継がれまさに求めていた条件に合う相手だったのです。

 

交渉を始めると、お互いの利害が完全に一致していたことから、交渉はトントン拍子に進みます。最終的に譲渡価格は5000万円で合意へと至りました。

 

瀧本社長は父親の急逝により仕方なく社長を引き継いだ経緯もあったため、M&Aで譲渡するタイミングで3000万円の役員退職金とともに引退を決めました。

 

役員2名と従業員たちは、創業者に続いて社長亡き後、ともに頑張ってきた瀧本社長までいなくなってしまうことを残念に思っていましたが、それ以上に、従業員を守るためのM&Aという大仕事を成し遂げてくれたことに感謝していました。

 

M&A後は、高齢の役員2名も引退までもう一踏ん張りと、積極的に買い手側との仲介役を担い、社内を取りまとめてM&Aに向けて会社を引っ張ってくれました。

 

買い手側のソフト開発のノウハウがあったことで、旧瀧本電気機器の商品開発力が上がり、海外からの受注も増えています。

 

【図表】 実例6のまとめ

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    本連載は、2016年4月27日刊行の書籍『中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

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    浅岡 和彦

    幻冬舎メディアコンサルティング

    自分が高齢になってもその技術や従業員を守っていきたい、自社の技術を信頼してくれる取引先に迷惑をかけたくない──これは中小製造業の社長に共通する願いでしょう。 しかし、社長の思いに反し、多くの会社がいま存続の危機…

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