前回は、M&Aの実務手順とスタート時のポイントについて説明しました。今回は、M&Aの相手探しにあたって、売り手企業が準備する「資料」について見ていきます。

M&Aコンサルタントが「資料収集」を重視する理由

前回に引き続き、M&Aの起承転結にもとづいた手順について見ていきます。今回は、起承転結の「承」です。M&Aでは以下の図表の「②案件化」のステップです。

 

図表1 一般的なM&Aの流れは起承転結

 

案件化とは、譲渡希望会社の情報を把握して、買い手希望の会社に提案するための資料を作成することで、「資料収集」「企業評価」「企業概要書の作成」「業界分析・業界調査」という作業を行います。

 

しばしば、M&Aは結婚にたとえられます。お見合いの前には、まず相手の写真やプロフィールを見ることになりますが、これらを作成する作業がM&Aにおける案件化だと考えていただくとわかりやすいと思います。

 

案件化にあたっては、さまざまな資料を収集します。目的は、譲渡希望会社の価値を正確に評価し、最適なお相手を選択するためです。情報を徹底的に収集することによって、トラブルが回避されます。

 

次の「転」の項でも詳しく解説しますが、買い手企業へは、売り手企業の正確な資料をお渡ししなければなりません。両社の最適なマッチングを仲介するのが我々M&Aコンサルタントの最大の仕事ですから、案件化にあたっての資料収集を非常に重要視しています。

 

【図表2 相手探しのための資料作成の過程】

M&Aは「秘密保持に始まり、秘密保持で終わる」

ところで、資料収集をするうえで、売り手企業の社長がやるべきことが2点あります。

 

1点めは、企業情報資料の提出です。(図表3)「こんなに多くの資料が必要なのか?」と驚かれる社長もいらっしゃいますが、企業の実態を知るには最低限、必要となる資料です。買い手企業側が当然、求めてくる情報ばかりです。

 

【図表3 相手探しの必要資料】

中小・中堅企業の場合、これらの資料がすぐに提出できる状態で管理保管されていないことも多く、用意するのは大変ですが、必ず必要な書類です。情報収集は、労力と根気の要る作業ですし、社長はこれらの資料を誰にも知られず秘密裏に集めなければいけません。精神的にきつくなった場合は、M&Aコンサルタントがいつでもフォローできる態勢を整えています。

 

M&Aの鉄則のひとつに「秘密保持に始まり、秘密保持で終わる」というものがありす。M&Aを成功させるには、情報が外部に漏れることは絶対に避けなければいけません。交渉の段階で情報が漏れてしまうと、思わぬトラブルの火種になることが往々にしてあるからです。

 

たとえば、次のような失敗例を聞いたことがあります。ある会社がM&Aを進めていと、その情報が外部に漏えいしてしまいました。噂は、地域や業界へ一斉に広まります。ご存知のように業界は非常に狭く、企業は他社の動向に逐一、目を光らせています。

 

M&Aのことを何も知らない人は、「あの会社はそんなに業績が悪かったのか・・・」「身売りするとは、あの会社も地に落ちたものだ・・・」と、根も葉もない噂を立てます。その情報を聞いた取引先や仕入れ先が取引量を減らし、取引金額の変更を迫ってきました。結局、この会社は業績が悪化し、M&Aの交渉が暗礁に乗り上げ、最終的に経営難に陥ってしまったようです。

 

成功した譲渡希望の社長の中には、M&Aの契約締結後の発表のときまで、役員はおろか、家族にすら話さなかったという方もいらっしゃいます。膨大な資料を自分で用意したり、経理担当社員には「税務調査が入ったから」というような口実で資料を集めてもらうなど、どの経営者も苦心をして用意しています。

 

売り手企業の社長は、常に孤独です。自分がここまで大切に育ててきた会社を手放すことへの寂しさと、誰にも相談できない心細さが常につきまとうからです。この孤独から逃れるため、お酒が入った席で経営者仲間に話してしまったり、つい腹心の部下に相談してしまったりということもあります。

 

一般的に、買い手企業側から情報が漏洩すると思われがちですが、実際は譲渡希望の売り手企業側から漏れることが多いのが現状です。もし、つらくなったときには、身内ではなく我々M&Aコンサルタントに愚痴をこぼしてください。なお、マッチングを行う際は、当然、買い手企業とは秘密保持契約を結びます。情報が漏洩した場合、売り手企業への経済的、道義的責任が発生するからです。

会社情報は詳細に「隠し事なし」で伝える

やるべきことの2点めは、会社の情報についてできるだけ詳しく、そして隠さずに話すことです。

 

数十年も会社を経営していれば、隠しておきたいようなことがたくさんあります。経営者として恥ずかしい、またはM&Aで不利になることは隠しておきたいという心情はわかります。しかし、それは正しい選択ではありません。M&Aが進めば、いずれすべてが明らかになります。上手く隠し通せても、どこかで必ず大きなトラブルを引き起こすことになります。

 

たとえば、黒字を装って粉飾決算をしていた、社長が個人的に連帯保証をしていて借金がある、社員への未払い残業代がある、などです。問題が発覚すれば、買い手企業の信用を失います。また、買収金額を下げられる要因にもなり、M&A後に問題が発覚すればシナジー効果どころかマイナス効果だったという例は過去にもあります。

 

譲渡理由や社長個人のこと、家族のことなど、どんなことでもM&Aコンサルタントに相談してください。この段階であれば、問題があっても大抵のことは調整できます。

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    本連載は、2015年9月20日刊行の書籍『「業界再編時代」のM&A戦略』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    「業界再編時代」のM&A戦略

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    渡部 恒郎

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