2000年代後半から急増している「事業承継型M&A」とは?

前回は、大企業の買収劇によりマイナスイメージが定着したM&Aの歴史について説明しました。今回は、2000年代後半から急増している「事業承継型M&A」について見ていきます。

団塊世代の大量退職で注目される「事業承継型M&A

日本でのM&Aの黎明期から20年、マイナスイメージを背負い続けてきたM&Aが、ハゲタカファンドの企業乗っ取りやライブドアによる敵対的買収という象徴的“事件”を経て2000年代後半になると、いよいよ大きな転換期を迎えます。

 

それが「2012年問題」です。1947年から1949年に生まれた団塊の世代が定年年齢に達し、団塊世代の大量退職で深刻な人手不足や技能空洞化が生まれる懸念と、企業社会の根幹を支えてきた世代が大量退職することで、世代間での熟練技術の継承にも問題が起こりかねないという問題です。

 

この問題は、同じように経営者たちを直撃しました。経営者は、サラリーマンでいえば退職する年齢の65歳を迎えた2012年頃から、深刻な後継者不在問題に気づき始めるのです。この2012年問題は、経営者たちにM&Aの必要性を強烈に認識させることとなりました。そのM&Aのスタイルが、それまでの敵対的買収や救済型・再生型とはまったく違う「事業承継型M&A」です。

 

1980年頃は80%以上の中小・中堅企業が子供に会社を承継していたのが、2012年問題と経済状況、価値観、ライフスタイルの変化で、会社を子供に継げない、子供も会社を継がないというケースが急増したと2004年版の「中小企業白書」で報告されました。

 

2015年現在、中小企業のおよそ3分の2にあたる65.4%の企業に後継者がいない時代です。後継者問題で悩む経営者たちの間でM&Aのメリット(会社の存続・創業者利益の獲得・社員の雇用の維持・重圧からの解放)が認識され始めると、日本における中小企業のM&A件数は飛躍的に増加しました。

 

事業承継の有効な手段としてM&Aがあることが経営者たちの間で広く知られるようになり、実際に知り合いの経営者が会社をM&Aで譲渡するケースも増えてきました。その経営者のM&A後の様子を見てみると、会社名はそのままで、同じ場所でまったく同じように営業しています。また、従業員のリストラもなければ、親会社から経営陣がやってきて乗っ取られたというわけでもありません。しかも、社長自身は引退し、精神的な重圧から解放されてじつに幸せそうです。毎月、奥さんと2人で海外旅行に出かけているというような話も耳にするようになります。

 

このような事実を目の当たりにする経営者が増えたことで、M&Aへの不安や違和感が徐々に薄れるようになりました。実際、数字が事実を物語っています。企業を譲渡する割合は、バブル期に6%だったものが、近年では40%まで増加しています。同時に、会社を譲渡されるオーナーの年齢にも変化が表れてきています。以前は65歳で引退を考えるオーナーが多かったのが、現在は10歳ほど早い55歳前後で会社を売却するオーナー経営者が増えてきているのは前述の通りです。

M&A企業の成長戦略として捉える経営者が増加

「事業承継型M&A」が急増し始めた2000年代後半からは、同時に2つの動きが生まれてきました。それが「経営戦略型M&A」と「業界再編型M&A」です。M&Aに対する経営者の価値観や意識が変革し、M&Aはマイナスイメージではなく、積極的な企業の成長戦略として考える経営者が増えてきました。

 

買い手側の大手企業としての代表例がソフトバンクと日本電産です。

 

ソフトバンクの孫正義社長は、株式を店頭公開した1990年代からすでにM&Aを行っています。失敗を数多く経験しながらも、2000年代に入り、日本テレコムから固定電話部門を買収すると2005年には念願の携帯電話事業への参入が認可され、ボーダフォンを買収しました。

 

その後も、PHSのウィルコムの買収に続き、2012年モバイルデータ通信のイー・アクセス、翌2013年にはアメリカの携帯キャリアで業界第3位のスプリント・ネクステルの買収で大きな結果を出しています。特に、日本テレコムとボーダフォン、ウィルコムの3社は、買収後に業績が低迷から脱し、急成長を遂げたのは皆さんもご存知のとおりです。

 

次に日本電産のケースを見ていきましょう。永守重信社長は、M&Aによって大きな成功を手にしてきた経営者です。「M&Aの達人」とも称される永守社長の哲学は、「M&Aによって、自力では賄えない技術や市場の力を相互補完し助け合う」というものでした。

 

日本電産は、1973年にモーターの開発、製造、販売の会社として創業し、当初4人の社員との船出だったといいます。その後、本業を強化するためにM&Aによる企業の買収を行っていきました。1984年、最初のM&Aの成功から、2015年8月に実施したスペインのプレス機器メーカーの買収まで、31年間でなんと43件(国内24社/海外19社)のM&Aを成功させ、売上高が1兆円を超えるまでに会社を成長させました。

 

【図表1 日本電産の成長戦略】

●日本電産の主なM&A

業界再編型のM&Aの動きが活発になってきている

両者に共通するものは何でしょうか。それは、持続的成長を目指す確固たる経営哲学、そして既成概念にとらわれない柔軟性です。経営哲学は、「技術や販路を育てて大きくするための時間と人材はM&Aによって手に入れ、買い手と売り手双方が相乗効果を発揮して成長を目指していく」というものです。そして、会社を成長させるには古い価値観や業界のしきたりにとらわれない柔軟性と革新性が重要です。

 

このような大きなビジョンを持ち、M&Aでの成功実績のある業界のリーダーのもとには、志を同じくした中小・中堅企業の経営者が集まり業界再編の機運が高まります。

 

わかりやすい例が2000年代前半の都市銀行の再編における4大銀行の誕生です。銀行再編の動きは国内のお金の流れを変えたため、周りへと波及し、さまざまな業界で企業の再編が起こり始めました。そして、その動きにいち早く呼応し、会社の売り時を逃さずM&Aで大きな利益とメリットを手にした中小企業の経営者が現れました。

 

これらの中小・中堅企業の経営者は、日本を代表する大企業となったソフトバンクと日本電産の経営者とまったく同じような志のもとで行動しました。単独での成長の限界を早期に判断し、自社を高く評価してくれる会社やシナジー効果の見込める会社に戦略的に売却を進めました。このような経営者が日本に徐々に増え、業界再編型のM&Aの動きが今、活発化しています。

 

今後、この流れはさらに大きくなると予想されます。それに伴い、多種業界の勢力図が激変します。この変化の中から、企業のあるべき未来の形がつくられていくのです。

 

【図表2 時代と共に変化するM&Aの目的】

本連載は、2015年9月20日刊行の書籍『「業界再編時代」のM&A戦略』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

渡部 恒郎

株式会社日本M&Aセンター 業界再編支援室長

大分県別府市生まれ。京都大学経済学部在学中にベンチャー企業の経営に参画。卒業後、2008年日本M&Aセンター入社。業界再編M&Aの第一人者。
過去70件を超えるM&Aを成約に導き、中小・中堅企業M&Aの№1コンサルタントとして業界を牽引している。代表的な成約案件であるトータル・メディカルサービスとメディカルシステムネットワークのTOBは日本の株式市場で過去最高のプレミアムがついた(グループ内再編を除く)。
テレビ朝日「報道ステーション」、テレビ東京系列「ワールドビジネスサテライト」・「ガイアの夜明け」、日本経済新聞、朝日新聞、東洋経済、日経MJなどのマスメディアで取り上げられている。

著者紹介

連載M&Aを有効活用して会社を高値で売却する方法

「業界再編時代」のM&A戦略

「業界再編時代」のM&A戦略

渡部 恒郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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