財務省OBで、現在、日本ウェルス(香港)銀行独立取締役の金森俊樹氏が、「中国経済の実態」を探る本連載。今回は、全要素生産性(TFP)に関する、中国内での様々な見方を紹介する。

発展研究センターと社会科学院は成長率の低下を予測

今後、具体的にどの程度TFP(全要素生産性)の上昇が期待でき、またその結果としてどの程度の潜在成長率を見込むことができるかについては、中国内でもやや見方が分かれる。発展研究センターの研究チームは、2010年時点での推計ではあるが、今後のTFP伸びを1.9%(標準シナリオ)から2.7%(改革推進シナリオ)と見込み、成長率は2030年に向けて5.9%程度にまで低下していくと見ている。

 

社会科学院の人口学者らも、潜在成長率が第11次5ヵ年計画期間(2006-10年)の年平均10.5%から、第12次計画(2011-15年)は7.2%、第13次計画(2016-20年)6.1%へと低下してくると推計している。

「後発優勢」に着目して強気の見方をする林教授

TFPについて、強気の見方をとる代表格は、世界銀行前チーフエコノミストの林毅夫北京大学中国経済研究センター教授で、2014年頃の見解であるが、中国経済は今後20年間、なお8%の潜在成長率を有するとし、14年についても8%成長が十分可能としていた。これは当時としても、最も楽観的な予測に入っていた。その後、14、15年と成長率実績は各々、7.3%、6.9%となり、諸々の外部不確定要因があったとはいえ、結果的には予測が楽観的であったことになった。

 

林教授の場合、過去の日本、韓国等が先進国に移行する過程で達成した高いTFPの伸びと、中国がなお“後発優勢”、後発国としての優位状態にあることに着目して、技術革新や産業高度化について先進国の模倣をすることによって、TFPの上昇を低コストで実現しやすい点を重視している(注)

(注)林教授は最近の論考で、具体的な潜在成長率の見込みは示していないものの、以下の点から、中国にはなお大きな投資機会が存在し、仮に世界経済が停滞し輸出の低迷が続いたとしても、国内の投資と消費主導で所得倍増目標を達成し(2020年にかけ、年平均6.5%程度の成長が必要)、世界経済成長の約30%に貢献していくことが十分可能との見方を示している(2016年2月14日付新華網思客)。

①過剰生産能力を抱える産業、労働集約型産業は国際競争力を失っているが、これらはみな中低技術産業で、産業構造高度化の過程にある中国では、先端産業分野で大きな投資機会が出てきている。

②これまでのインフラ投資は高速道路・鉄道や空港などが主であったが、なお地下鉄や汚水処理施設など都市内部のインフラ不足は深刻で、この分野に大きな投資機会がある。これら投資で各種取引コストの低減、経済効率向上が期待できる。

③環境汚染改善のための投資が喫緊の課題になっている。

④中国の都市化率はまだ55%程度で、先進国の平均80%に比べ低い。今後さらに都市化を進める過程で、住宅や都市インフラ整備の投資機会が増える。

⑤多くの途上国も同様の大きな投資機会を有しているが、資金面での制約が大きい。しかし中国は財政に余裕があり、外貨準備が豊富、また家計貯蓄率が高く、こうした制約がない点、他の途上国と異なる。

 

これに対し、慎重な見方をとる側として、例えば発展研究センター副主任であった劉世錦は、消費、特にサービス産業主導の成長に移行していくと(これはまさに、中国政府が目指している成長パターンの転換)、TFPの大きな伸びは見込めなくなってくること、“後発優勢”の時期は過ぎつつある点を重視した論調を展開している。

 

この点について、上記、発展研究センターによる産業部門別のTFP推計によれば、1982-2000年、第1次産業の年平均TFP上昇率は2.6%、第2次産業が1.4%(中でも電気機器・輸送機器等製造は、概ね3-6%と高い)に対し、第3次産業は▼0.6%と低いことが明らかになっている。このように、潜在成長率をどう見るかの大きな分かれ目は、TFPの伸びを今後どの程度見込むことができるかの見方の違いに依っている。

 

TFPの上昇をもたらす主たる原動力として期待される“創新”、イノベーションについて、“大衆創業・万衆創新”や“双創”が政府文書のキーワードの一つとして流布され、またアカデミクスの間でも、「破壊を伴う創新」の困難を乗り越えることが、今後の中国経済発展の“牛鼻子”、かなめになるとの主張(2月15日付中国社会科学網)が展開されるゆえんである。

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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