前回は、廃院をお勧めできない理由を説明しました。今回は、クリニックM&Aのメリット・デメリットについて見ていきます。

廃院コストがかからず創業者利益も得られる「M&A」

売り手にとってM&Aは、廃院コストがかからないだけでなく、クリニック譲渡による利益を得ることができます。

 

医療法人になっていない個人クリニックをM&Aで承継する場合は、旧経営者が個人名義で所有している不動産(クリニックの土地建物)や設備、医療機器などを新経営者に譲渡するかたちをとります。

 

仮に不動産などの価値が全部で1億円であれば、新経営者から旧経営者にその対価が金銭で支払われます。このとき、譲渡益が5000万円とすると、その5000万円に対して所得税・住民税がかかります(5年以上保有した不動産の譲渡であれば、譲渡益に対する課税は一律20%の分離課税です)。つまり、手取り額9000万円が旧経営者の懐に入ってくることになります。

 

旧法の医療法人のクリニック(持ち分あり)をM&Aで譲渡する場合、厳密には、旧法の医療法人のままで譲渡するスキームと、新法の医療法人に組織変更した上で譲渡するスキームとがあるのですが、ここではより一般的である前者のスキームで行うものとします。

 

旧法の医療法人の譲渡は、旧経営者から新経営者への出資金の譲渡をもって行われます。仮に出資金の評価が1億円、当初出資した金額が5000万円とすると、新経営者から旧経営者に1億円が支払われることで所有権が移行します。このときも譲渡益5000万円に対して20%の税金がかかり、旧経営者の手元には9000万円が入ってきます。

 

このスキームの場合、出資金の譲渡をする前に経営者に退職金を支払うのが普通です。出資金は一般法人でいうところの株式に該当し、業績の良いクリニックだと評価が高くなってしまいます。2億円3億円と高額になってくると、新経営者の側も出資金譲受のための資金繰りが大変です。そこで、プールされている利益を退職金というかたちで支給し、持ち分評価を下げてから譲渡する、という手順を踏むのです。

 

つまり、医療法人の場合は出資金の譲渡に加えて、退職金が旧経営者の元に入ってくることになります。これらの創業者利益が確保できれば、M&A後の生活資金に役立てたり、資産として相続・贈与したりすることができます。廃院する場合とは状況が大きく違います。

承継開業なら常連の患者の多くが引き続き来院する

一方、譲受側もM&Aで承継して開業したほうが資金面で有利であることが分かっています。下記の図表を見てください。

 

 

図表に示したのは、平成20年~25年に当事務所で開業をお手伝いしたクリニックのデータです。実際の開業後の収入、諸経費を基に、内科での個人開業、生活費80万円という同じ条件を持つ複数の医師の場合で、開業からの資金残高を調べたものです。縦軸が資金残高で、横軸が開業からの月数です。新規開業した場合と、M&Aによる承継開業をした場合では、明らかに折れ線グラフの動きが違います。

 

新規開業では、開業からずっとラインが右肩下がりに移行しています。このグラフの動きから、開業後の長期間に渡って資金がどんどん目減りしていっていることが分かります。新規開業では、開業当初の患者数が少なく集患に苦労するため、採算ラインに乗るまでに1年~1年6か月、長い場合には2年6か月以上の期間を要します。この間の資金繰りは大変で、経営者は自己資金でまかなったり、追加融資を受けたりすることになります。

 

それに比べて承継開業のグラフは、どうでしょうか。1件だけ横ばいかややマイナスに移行している線もありますが、それ以外は開業直後から右肩上がりで移行しています。業績の良いクリニックになると、3か月めでいきなり1000万円、16か月後には8000万円に迫ろうかというところまでラインが上がっています。承継開業では常連の患者の多くが引き続き来院してくるため、開業直後でもこれだけ収益が上げられるのです。

 

承継開業は新規開業よりも運転資金の面から見ると3000~4000万円、初期投資額を合わせると8000万~1億円の優位性があるといえます。今後、患者数の減少や診療報酬の減額などで厳しくなっていく経営状況を考えると、この優位性には大きな意味があるといえます。

 

また、買い手からすると、新規開業リスクが低いというメリットの他、以下のようなメリット・デメリットがあります。買い手にもしっかりとメリットがあるということが、M&Aの需要につながっているのです。

 

【買い手のメリット】

 

<法人・個人共通>

●新規開業より初期コストが安くて済む

●患者とのつながりごと経営を引き継げるので、事業としての立ち上がりが早い

●従業員の人材確保ができる

●事業規模や診療圏を拡大できる

 

<法人>

●旧法の医療法人を引き継ぐこともできる

 

【買い手のデメリット】

 

<法人・個人共通>

●売り手とのマッチングを考えなければならない

●内装や機材は前経営者が選定したものなので自由度が少ない

●機材などの耐用年数が少ない

 

<法人>

●医療法人の場合、前経営者の税務調査のリスクや労務リスクなども引き継ぐことになる

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    本連載は、2015年9月25日刊行の書籍『開業医のためのクリニックM&A 』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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