前回は、医療・介護従事者が心得ておきたい、認知症患者との付き合い方について触れました。今回は、介護・医療従事者が、「自分だけのデータベース」を作り、今後に役立てる大切さを見ていきます。

付き合いを重ねて学んだことを「流さない」で

いろんな人と「お付き合い」を重ねていくことは、そのまま自分の大切な経験、財産になるのですが、その経験から学んだことを流さないでほしいのです。

 

私がお付き合いさせていただいた患者さんとの学びを今も思い出して、そうそうこれが大事だったと思いを新たにできるのも、そのときの経験を自分の中でデータベースに入れているからです。

 

あるシクラメン農家の認知症老婦人とのお付き合いもその一つ。その方はもう何年も入院されていたのですが、かなり症状も重く、とても家でみられるような状況ではありませんでした。あるとき息子さんが急に「先生、家でみてみる」と言ったのです。

 

そうはいっても体調も悪いときがあったり、精神的にも不安定になってそれがそのまま思わぬ行動につながったりもしていたので私たちとしては不安もありました。自分でも自分のことがよく分からない状態で退院して家に帰ることが本当にいいことなのか分からなかった。けれど息子さんは「病院のスタッフから話しを聞いてどんなことをするか分かったから大丈夫」と笑って、家に連れて帰ることになりました。

 

それなら在宅でということで、私が主治医で行くからと約束し、1週間後にご自宅を訪問してみると、とても日当たりの良い部屋にベッドが置かれていて「これなら安心だな」と思いました。なかには日の当たらない北向きの部屋で寝かされるケースもあるからです。

患者の劇的な変化から、大きな経験と学びを得る

ところが――。また、しばらくして訪問してみると、ガラス戸も全部閉まっていて、部屋のほうに庭から回って見てもベッドも置かれていない。あれ? と思い、また玄関に戻ると、さっきは気づかなかった張り紙がしてあり「ビニールハウスにいます」と書かれていました。

 

急いでビニールハウスに行ってみて驚きました。11月末のことです。出荷用のシクラメンがずらりと並べられたハウスの中にベッドが置かれていて、私が入っていくと、その老婦人が「いらっしゃい!」「お兄さん、何にするの?」と声をかけてきたのです。

 

思わず声を失いました、家で何かの治療をしたわけでもない。それなのに、病院にいたときより明らかに元気になられているのです。私のことを医者ではなく、シクラメンを買いに来たお客さんだと思ってシクラメンをすすめる。普通に人に接することができているなんてちょっと前まで考えられなかった。

 

ご家族はそうなるようにと考えてやっていたことではないかもしれません。単に忙しい出荷最盛期にその方を家で一人にさせるのは心配だからハウスに連れてきていただけかもしれない。

 

それでも、環境を家族が整えただけで劇的に変わるということもあるのです。この出来事は私にとっても大きな経験、学びでした。それが直接ではなくても、またほかの患者さんにも活かされていくからです。

 

自分が関わった患者さん・利用者さんのことは私の場合、ずっとメモを取って残してあります。それがデータベースになり、いろんなケースでそこから経験と学びを引っ張り出して役立てることができている。

 

誰か一人の患者さん・利用者さんを診終わって「あー、終わった」ではなく、その人についての振り返りをして自分のデータベースに加えていくことは、自分のためにも相手のためにもなります。

 

今は個人情報の問題などもあるので、個人名などは特定できないように気をつけるとしても、自分には分かるようにしてデータベースを更新していく。そして「これでよかったのか」「今度はもっとこういうふうにしてみよう」と考える時間は自分を成長させることにつながっていくのです。

本連載は、2017年10月31日刊行の書籍『医療・介護に携わる君たちへ』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

医療・介護に携わる君たちへ

医療・介護に携わる君たちへ

斉藤 正身

幻冬舎メディアコンサルティング

悩める医療・介護従事者たちへ、スタッフ900人超を抱える医療・社会福祉法人の理事長が送る「心のモヤモヤ」を吹き飛ばすメッセージ! 日々、頑張っているつもりだけどなぜか満たされない、このままでいいのかと不安になる…

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