前回は、事故被害者救済に程遠い保険制度の改正に、消極的な国の現状を取り上げました。今回は、交通事故裁判で、自賠責の判断が重要視される理由を見ていきます。

相応の賠償も得られないことがある「自賠責保険」

被害者が費用はもとより、特に時間的、精神的な負担を承知のうえで、わざわざ裁判所に判断を仰ぐのは、自賠責や保険会社のやり方や後遺障害認定などが納得できないためである。

 

交通事故裁判において裁判所には大きく分けて次の2つの役割があると考える。

 

一つは交通事故賠償制度全体の問題や矛盾を指摘し、より大きな視点で世の中に有益になるような判断をすること。もう一つは個別事案に対して柔軟かつ最適なケースバイケースの判断を下すことである。

 

現状、いずれに対しても裁判所の姿勢は十分なものとは考えられない。むしろ増えつつある交通事故裁判を嫌がる傾向さえ見られる。もちろん、本連載の第19回で触れたように既存障害のある被害者の賠償請求を認めたさいたま地裁の判決などは大きな前進であるが・・・。

 

特に自賠責保険においては何度も触れたように、社会保障的役割が強く、最低補償の意味合いが強い。そのため彼らの言からすると、公平、迅速さを担保するために、どうしても画一的な判断にならざるを得ないという。実際、自賠責保険がそのような性質を持つ以上、場合によっては相応の賠償も得られないことがあることを保険会社自ら明言しているのである(第19回、さいたま地裁の判決に対する保険会社の控訴理由の部分参照)。

問題の本質は、裁判所の交通事故事件の画一的大量処理

そこで、交通事故被害者が、最後に救済を求めるのが裁判所である。相応の賠償を裁判所に認めてもらうよう、原告は、リスクを背負って、勇気を出して訴訟に踏み切るのである。

 

しかし、実際のところどうか? 裁判所は自賠責保険の認定結果が正しいものであるという前提から審理を始めるのである。おかしなところがあるという前提からは始まらないのだ。それゆえ自賠責保険の判断を裁判で覆すのは簡単なことではない。

 

通常の裁判は被告の認否がなされて、初めて追加の立証をするように求められる。ところが交通事故裁判に限っては、いまだに保険会社側の認否がなされていない段階であっても、追加の立証をするようにとはっきりと言ってくる裁判官もいるくらいである。

 

交通事故以外の訴訟で、事実の認否を待たずして原告に立証が要求されるケースなどあるだろうか?

 

交通事故事件について、裁判官と弁護士の意見交換会が各地で行われているが、そのときの裁判官の回答からも、裁判所の考え方は明らかだ。私が意見交換会において、自賠責と労災の後遺障害の判断が食い違う場合、裁判所はどちらを優先するのか、と質問したのに対し、ある裁判官は自賠責の判断だと回答し、自賠責の判断を争うほうがその根拠を主張立証すべきものだと考えていると回答したのだ。

 

自賠責の認定を重視する。これが、裁判所の考え方なのである。これを裏付けるように、裁判所は第23回で紹介した高次脳機能障害について、医療現場ではずっと以前からその存在が認められていたにもかかわらず、2001年に自賠責保険が後遺障害として認定した後の2002年になって初めて交通事故による後遺障害として認めたといわれている。

 

裁判所がここまで自賠責保険を重視する理由はどこにあるのだろうか。それは、一つには裁判所に法医学的知見がないことが挙げられるが、それ以上に、裁判所も交通事故事件を大量処理、画一処理しているからではないかと思える。

 

裁判所が自賠責の判断を重視し、労働能力喪失率も一律に判断するのは、裁判所が後遺障害の程度や労働能力喪失率を個別判断するのを避けるためではないのだろうか。

 

この裁判所における交通事故事件の画一的大量処理。これこそが、交通事故裁判の問題の本質であると考える。

本連載は、2015年12月21日刊行の書籍『虚像のトライアングル』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

虚像のトライアングル

虚像のトライアングル

平岡 将人

幻冬舎メディアコンサルティング

自賠責保険が誕生し、我が国の自動車保険の体制が生まれて約60年、損害保険会社と国、そして裁判所というトライアングルが交通事故被害者の救済の形を作り上げ、被害者救済に貢献してきたが、現在、その完成された構図の中で各…

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