今回は、中小企業の「親族内承継」における課題と対策を説明します。※本連載は、島津会計税理士法人東京事務所長の岸田康雄氏と、事業承継コンサルティング株式会社の取締役である村上章氏による共著、『図解でわかる 中小企業庁「事業承継ガイドライン」完全解説』(ロギカ書房)の中から一部を抜粋し、中小企業庁によって策定された「事業承継ガイドライン」を分かりやすく読み解き、「事業承継」の重要性について詳しく探ります。

税金、株式・事業用資産の分散防止等が大きな課題に

親族内承継を他の類型と比較しますと、税負担への対応や株式・事業用資産の分散防止、債務の承継への対応に関して、特に大きな課題が発生しやすいという特徴があります。

 

後継者を選定する際には、後継者との対話を通じて現経営者の想いや理念を伝え、事業についての認識の共有を図る必要があります。

 

また、中小企業経営者は事業運営だけでなく経営管理まで幅広い知見が必要です。後継者教育には、ローテーションなどの社内教育とともに、他社勤務などの社外教育にも取組むべきでしょう。

 

さらに、後継者の決定は、親族内では株式という財産を誰が承継するのかを決めることですから、家族・親族会議を開いて対話を重ね、親族の同意を得ることが重要です。なお、後継者の決定は、従業員や取引先・金融機関の関心事でもあります。早めに事業承継計画を説明しておくべきでしょう。

 

事業承継を実行するためには、社長の交代によって経営権を承継するとともに、株式の移転によって所有権を承継することが必要となります。

 

親族内から後継者を選ぶことは、通常、複数の子供の中から経営者として育成する人を一人選ぶということです。経営者に向いている人もいれば、そうではない研究者タイプの人もいるでしょう。女性であっても、経営者として活躍できる素養を持つ人はいるはずです。最低でも5年はかけて社内及び社外で幅広い職務経験を積ませて経営人材に育て上げなければなりません。

 

また、親族の中では後継者になれなかった子供がいるわけですから、その人達への代償も考えなければなりません。

 

ときどき、複数の子供を会社に入社させ、仲良く会社を経営させようとされる経営者がいらっしゃいます。兄弟で会社経営しますと、たいていの場合、支配権争いが生じてしまうため、親族で共同経営することは止めたほうがいいでしょう。

後継者の選定は、事業承継に向けた第一歩

①後継者の選定・育成

 

後継者の選定は事業承継に向けた第一歩であり、事業承継の成否を決する重要な取組です。しかし、経営者が胸の内で後継者候補の見当をつけておけばよいというものではありません。事業承継について後継者候補の同意を得た上で、必要な育成を行いつつ、親族や従業員、取引先等の関係者との対話を進める必要があります。

 

ア 後継者候補との対話

事業を承継するということは、後継者の人生に大きな影響を与える難しい決断です。後継者に、事業を受け継ぐ者としての自覚を持たせ、事業承継に向けて経営者と二人三脚で準備を進めてもらう必要があります。

 

そのためにも、早い段階から後継者との対話を重ね、事業の実態とともに、現経営者の想いや経営理念を共有していくプロセスが重要です。「以心伝心」や「阿吽の呼吸」と言えば聞こえはいいものの、何よりも「現経営者と後継者の対話」、これを通じた「事業についての認識の共有」を重ねていくことが重要です。

 

イ 後継者教育

中小企業の経営者には、事業運営に関する現場の知見はもちろん、営業、財務、労務等の経営管理に関する幅広い知見も必要です。このような能力を短期間で習得することは不可能ですから、後継者教育には十分な期間を準備し、必要な経験を積ませる必要があります。育成方法としては、大別して社内教育と社外教育が挙げられます。

 

●社内教育

社内での教育には、現場に関する知見会社特有の運営方法を学ぶことができ、また他の従業員等との信頼関係や一体感を築くことができるなどのメリットがあります。また、現経営者の目の届く場所で、経営理念を含めて経営者としての振る舞いや働き方を直接受け継ぐことができる点も重要です。

 

具体的には、営業や製造の現場、総務、財務、労務といった各分野を一通り経験できるようなローテーションを組むことが考えられます。併せて、経営企画といった経営の中枢を担ってもらうことで、事業全体に対する理解を促しつつ重要な意思決定やリーダーシップを発揮する機会を与え、経営者としての自覚を育てることも検討すべきでしょう。

 

●社外教育

社外での教育には、他社での勤務経験を積むことと、セミナー等で体系的な教育を受けることの二つの方法があります。取引先や同業種等の他社で勤務させることで、経営手法や技術、会社のあり方について多様な経験を積むことができ、また外から自社を客観的に見る視点を持つことができます。

 

また、商工会・商工会議所や金融機関等が主催する「後継者塾」や「経営革新塾」等へ参加させること、中小企業大学校や大学等の教育機関で学ぶことも、経営に関する広範かつ体系的な知識を得ることが期待できます。

 

多様なツールを最大限活用し、後継者の資質や個性、中小企業の実情に適した育成方法を選択すべきでしょう。

 

[図表1]後継者の育成方法について重視すること

(日本政策金融公庫総合研究所「日本公庫総研レポート    中小企業の事業承継」(2010 年))

 

②親族等との調整

 

後継者を誰にするかという問題は、経営者個人が誰に事業を承継するかという問題にとどまらず、子や配偶者をはじめとする親族にとっても強い関心事でしょう。

 

これは、株式が親族内で分散していれば、株主たる親族としての関心であり、経営者の推定相続人にとっては、自身が将来的にどのような財産を相続するかという関心でもあります。また、事業承継後に親族等の協力を得ることは、後継者による円滑な事業運営にとっても不可欠な要素です。

 

そこで、経営者のリーダーシップのもと、早期に家族会議・親族会議を開催し、親族との対話を図るなどして、経営者の事業承継に向けた想いを伝え、親族の同意を得ておくことが極めて重要でしょう。

 

③従業員・取引先・金融機関との事前協議

 

日常的に経営者と接し、当該中小企業においてその生活の糧を得ている従業員や、中小企業と取引を行っている取引先・金融機関にとって、誰が後継者であり、どのような計画で事業承継が行われるかを知ることは重要です。

 

従業員にとってみれば、後継者候補の存在を知らなければ会社の将来性に対する不安が募り、士気にも関係します。後継者との信頼関係を構築するためにも、早期に後継者候補や事業承継計画を周知しておくべきでしょう。

 

また、取引先や金融機関に対して、事業承継の話題を持ち出すこと自体が信用問題につながると考え、避けてしまう経営者も存在すると言われています。

 

取引先や金融機関にとって、経営者が高齢であるのに事業承継の計画が明示されないよりは、後継者候補の紹介を受け、事業承継に向けた計画を明示されたほうが、将来にわたって取引関係を継続していく上でも有益であることは明らかです。

 

仮に事業承継にあたっての課題があるのであれば、金融機関が提供する事業承継サービスの利用を検討することも、有用な選択肢であると思います。

 

そこで、自社の後継者候補や事業承継計画について理解・協力を得られるよう、早期に説明を行うべきでしょう。

 

④経営の承継の実行

 

後継者の確保・育成や関係者との調整を経て、実際に事業を後継者に承継する段階を迎えます。会社形態であれば、代表取締役の交代による経営権の承継と、株式の移転による所有権(議決権)の承継を行うこととなります。

 

経営権については、現経営者が代表取締役を辞任し、後継者が代表取締役に就任するための会社法上の手続きを踏まなければなりません。

 

この際、取締役会設置会社においては取締役会決議が、取締役会非設置会社においては定款の定めに従った手続きが必要となります。株式については、贈与等の方法によって株主たる地位を後継者に承継し、会社の株主名簿の書き換えや、贈与であれば贈与税の申告等の手続きが必要となります。

 

個人事業主の場合には、ある事業の代表者を示す客観的な概念が存在しないため、一般的には現経営者が税務署に対して「廃業届」を提出し(後継者の名称を記載することができます。)、後継者は「開業届」を提出することとなります。

 

この話は次回に続きます。

 

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    本連載は、『図解でわかる 中小企業「事業承継ガイドライン」完全解説』(ロギカ書房)を一部抜粋し、加筆・再編集したものです。

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