複雑な株の持ち合いは何を意味しているのか・・・? アウトローの公認会計士・岸一真が暴き出した驚愕の金融トリックとは・・・? 本連載は、完全犯罪崩壊までの息を呑む攻防を描く瞠目のクライムサスペンス、宮城啓の小説『ヘルメスの相続』を一部公開いたします。今回は、最終回です。

 主な登場人物 

 

五〇〇万! 金額を聞いて言葉を飲み込んだ。自分の抱える借金が頭を過る。

 

「足りなければ連絡をくれ。カネに糸目は付けないと言っている。それからこれは重要機密だ。一切他言するな。とにかく頼んだぞ。私は次の会議で時間がない。それじゃあ」

 

永友はそう言うと、有無を言わさず電話を切った。レイラは横目で岸を見ながら、いまだに窓の外に顔を向けて、それほど新鮮とは思えないエスニックの臭いのする空気を吸い込んでいる。

 

五〇〇万、と心で呟く。札束が目の前にぶら下がっている。

 

「どう、引き受けてくれるの?」

 

したり顔で、彼女はそう言い放った。

 

くそっ! 癪に障る女だ。だが、仕事をえり好みできる身分ではない。

 

岸は、手に取った新しいタバコを、吸わずにまた箱に戻した。

 

「俺に何をしろと言うんだ」

 

それが受任の意思表示と受け取ったレイラは、トートバッグから折りたたんだ紙を取り出し、「これ見て」と岸に手渡す。

 

それは、ネットから打ち出したと思われる三枚の東京の地図だった。

 

「三か所に印がついているでしょ? そこに何かの手がかりがあると思うの」

 

地図はすべて都心の一等地と思える場所で、それぞれに一か所ずつ、黄色いラインマーカーで印がついている。

 

「何だ、これは?」

 

「コナーが日本に来る直前に、その場所を念入りに確認していたの。だからそこに取材に行ったんだと思う」

 

「何の取材だ?」

 

「それはわからない。私はただ、場所の確認を手伝っただけだったから。それと、他にも印をつけてた場所があったんだけど、その三つの場所しか記憶にないの」

 

「印をつけた地図はコナーが持って行ったのか?」

 

「そうよ」

 

とすると、レイラの記憶もあいまいかもしれない。

 

「確かに、この場所なのか?」

 

「確かよ。私、小さい頃、東京で暮らしていたし、アメリカに移った後も何度か東京に来て、いろんなところに行ったりしたの。だから、その場所は間違いない」

 

「しかし、この場所に行ったという保証はない。そもそも、ここに行く目的で印をつけていたわけではないかもしれない」

 

「まあ、そうだけど」

 

レイラは顔を背け、ぶつぶつと文句を言っているようだった。

 

「他に何か聞いていないか?」

 

「何もないわ」

 

岸はため息をつきながら、また地図を眺めた。とにかく、この三か所を回って情報をかき集め、永友の顔を潰さないように、早いところアメリカに帰すほかない。

 

岸はパソコンを開き、その印の場所を詳細に調べ始めた。

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