複雑な株の持ち合いは何を意味しているのか・・・? アウトローの公認会計士・岸一真が暴き出した驚愕の金融トリックとは・・・? 本連載は、完全犯罪崩壊までの息を呑む攻防を描く瞠目のクライムサスペンス、宮城啓の小説『ヘルメスの相続』を一部公開いたします。今回は、第5回です。

 主な登場人物 

 

「本当に大丈夫なんですか?」

 

「もう手は打ってある。社員に辛い思いはさせたくないからな」

 

けっ! 何言ってやがる。榊木らしいかっこつけたセリフに、男は心の中で舌打ちした。社員からの信望は厚いようだが、みんな騙されているんだ。金持ちは自分のことしか考えてねえ。安い給料で死ぬほど働かせ、社長である自分はこんな立派なお屋敷に住んでやがる。社員に辛い思いをさせたくないなんて、聞いて呆れる。

 

「でも、どうやって切り抜けるつもりなんです?」

 

「そのうちわかる。まあ座れ」

 

榊木の落ち着いた声を聞き、男は胸をなでおろした。馬鹿な野郎だ。井上には何も話しちゃいねえ。

 

ライターのカチッという音が聞こえた後、「それよりも、舞子のことなんだが」と榊木が切りだした。舞子は榊木の後妻で、まだ二十歳そこそこの女だ。

 

「ああ、そのことですか。やっぱり駄目ですか」

 

しばし間がある。

 

「ずいぶん強情な女ですね。何が不満なんでしょう」

 

「先日、舞子の日記を見てしまった」

 

「日記?」

 

「悪いと思ったんだが、つい。そこに、昔の男のことが綴られていた」

 

「なるほど。そういうことですか」

 

「だが、私の気持ちは変わらない。何とかしてやりたい」

 

またライターの音が聞こえ、井上が言った。

 

「お兄さんの一途な気持ちが通じないなんて、まったくもって不思議ですよ。戦死した男のことをいくら考えても、もう戻ってくるわけがない。それにこの世の中、女が生きる道なんてそうはないんですからね。こんなこと言っちゃあなんですが、新橋のパンパンがまた手入れされたっていうじゃないですか。そうなってもおかしくないんだ」

 

「そんな言い方はやめろ。舞子はそんな女じゃない」

 

「あ、これは失敬。僕の言いすぎです。でも」

 

「もういい。それ以上言うな」

 

そこで会話が途切れた。

 

女の話はどうでもいい。犯行計画がばれていなければそれでいいんだ。その場を去ろうと思った男だったが、しんと静まり返っている今はまずい。

 

「それでだ、お前から聞いたあのことだが」

 

「ああ、あれですか」

 

男は不審に思い耳をそばだてた。あのこととはいったいなんだ。

 

ソファーの軋む音が聞こえ、机の引き出しを引く音がした後、榊木の声が聞こえた。

 

「これで、どうだ」

 

少しの間、沈黙が流れ、「これで大丈夫です」と井上が答えた。

 

「で、どこに?」

 

「金庫にしまっておく。これは私とお前しか知らない。私に万一のことがあったら、その時には頼む」

 

「わかりました。でもまだそんな歳じゃありません。ずっと先の話でしょう」

 

金庫があるのか。中に何が入っているんだ。気になるが、どうせ会社の財産は俺のものになる。今は、余計なことは考えない方がいい。すべてが順調に進んでいる。あとは最後の仕上げが残るだけだ。男は、全身から湧き上がる悦びに、ふと薄笑いを浮かべた。

 

そこにドアのノックの音が聞こえ、女中が現れた。その機を狙って、男は静かにその場を去った。

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