前回は、セザンヌが絵画を描く上でこだわりぬいた、「実在」というテーマについて取り上げました。今回は、堅実な勤め人から画家へと転身した、ゴーギャンの生い立ちを見ていきます。

3~7歳までの4年間、ペルーの母の実家で過ごす

ゴーギャンは、しばしばゴーガンと訳されるためでしょうか、それともゴッホの耳切り事件の当事者として知られるためでしょうか、妻子を残して一人で南国に暮らしたためでしょうか、どこか傲岸不遜で冷酷なイメージがあります。その実態はどうだったのか、本書に登場する画家たちの中でも特にドラマチックな彼の人生を追ってみましょう。

 

ゴーギャンが生まれたのは1948年のパリです。モネより8歳年下ですから、印象派よりも1歳下の世代になります。この年、フランスでは再び革命が起きて、国王ルイ・フィリップが退位してイギリスに亡命、ナポレオンの甥(ナポレオン3世)が大統領に選出されます。この頃のフランスは、王政と革命による共和政の樹立とをたびたび繰り返していて、この時の革命も4年後のナポレオン3世の即位をもって終わりました。

 

ゴーギャンは、母方の祖母がペルー生まれの社会主義運動家、父親が共和主義者のジャーナリストというリベラルな家に生まれました。しかし、1851年、帝政を志向するナポレオン3世がクーデターを起こしたために、共和主義者の父が職を失います。一家は母方の親戚を頼ってペルーに渡りますが、その途中で父が病死します。ゴーギャンは3歳から7歳までの4年間を、ペルーの母の実家で過ごしました。

 

後のゴーギャンの自由な生き方も、南国趣味も、すべて子どもの頃から準備されていたのかと思わず疑ってしまうような生い立ちです。

当初は裕福な証券マンとして現代絵画を収集

7歳でフランスに戻ったゴーギャンは、高校を修了後、商船の水先案内人となって世界中の海を航海します。そして19歳で母を亡くします。知らせを受けたのはインドに入港した時でした。

 

両親を失ったゴーギャンの後見人となったのは、母の友人だった実業家のアローザです。現代絵画のコレクターだったアローザは、ゴーギャンに、パリ証券取引所の株式仲買人という職を紹介するとともに絵画を教えました。1871年、23歳のゴーギャンは船を下りて証券マンとなり、1873年にはデンマーク人女性メットと結婚します。以後の10年間で、夫婦は5人の子宝に恵まれました。

 

堅実な勤め人だったゴーギャンが絵を描き始めたのは、1873年頃だといわれています。はじめは裕福な証券マンとして現代絵画を収集していたのですが、次第に自分でも絵を描きたくなって日曜画家となったのです。1876年には、そうした作品の一つがサロンに入選していますから、決して下手の横好きではありませんでした。

 

ゴーギャンが好きだったのは、当時の前衛絵画である印象派でした。画商のデュラン=リュエルを通じて印象派のコレクターとなったゴーギャンは、やがて印象派の画家ピサロと親交を結ぶようになります。

 

ピサロはモネよりも10歳年上で、印象派の仲間たちの中では面倒見の良いお兄さん役でした。ピサロは穏やかな性格で、誰とでも仲が良く、気難しいセザンヌやゴーギャンと印象派グループとの仲を取り持ちました。セザンヌやゴーギャンに印象派の描き方を教えたのもピサロです。

 

ピサロの紹介で、1879年の第4回印象派展から、ゴーギャンも作品を出品するようになります。絵画コレクターでもあったこの日曜画家は、印象派の画家たちにとってはお客様でもあったので、温かく迎え入れられたのです(正確に言えば、モネやルノワールは素人であるゴーギャンの参加に反対しました。印象派のグループ内対立が深まったのもこの頃からです)。

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