前回は、印象派が評価を得るまでに画家・モネが辿った苦難を紹介しました。今回は、画家・モネの作品が持つ価値と魅力について見ていきます。

同じ作者でも「傑作」とそれ以外では大きな価格差が…

前回の続きです。

 

1883年、モネはパリ郊外のジヴェルニーに引っ越して、以後は死ぬまでこの地に住み続けました。1891年の名作『積み藁』もジヴェルニーで描かれたものです。モネがフランスで人気画家となったのは、この『積み藁』の連作からです。1891年にデュラン=リュエルの画廊で開催された展示会では、『積み藁』15点が数日の内に完売しました。その後、作品の価格が高騰し、モネは51歳にしてようやく経済的な成功と名声とを手に入れたのです。

 

しかし、巨匠モネといえども、すべてが傑作ばかりではありません。『積み藁』を描く3年前の1888年、モネは南フランスのリゾート・ビーチ、コート・ダジュールに旅行をして30点ほどの絵を描きます。この時、途中の街ゴルフ=ジュアン(ジュアン湾)で海を描いた『ジュアン湾』はオークションであまり高値がつきませんでした。

 

ジュアン湾は、エルバ島に島流しになったかつての皇帝ナポレオンが再起を期して島を抜け出し、フランス本土に上陸した地点として知られています。

 

斬新な構図で決して悪くない作品なのですが、2015年にニューヨークでサザビーズのオークションに出品された時には110万ドルまでしか値が上がりませんでした。手数料を含めた金額は、133万ドル(約1億6000万円)です。

 

もちろん、110万ドルというのも大変な金額です。並みの画家であれば、1枚の絵が1億円に届くこともないでしょう。しかし『積み藁』の7250万ドルに比べれば、どうしても見劣りしてしまいます。同じ画家でも、傑作と普通の作品とではこれだけ価格に差がつくのです。

 

『ジュアン湾』の絵の大きさは『積み藁』とほとんど変わりません。制作年代もほぼ同じです。違いがあるとすれば、旅行をしながら慌ただしく描いたか、自宅でじっくりと腰を据えて描いたかだけでしょう。スケッチ感覚で描いた作品とライフワークのようにして描いた作品とでは、仕上がりに差が出てもおかしくはありません。

 

しかし、どちらもモネの作品です。

モネの魅力は「見る者を幸せな気分にしてくれる力」

私はモネの絵が大好きです。モネの絵には複雑に綾なす豊かな色彩のハーモニー、時の移り変わりの中で自然が見せる一瞬の光の表情、ためらいのないリズミカルな筆さばきから生み出される、流れるようなマティエール(筆跡)があります。

 

見ることの心地よさからいつまでも見ていたいと思ってしまいます。また、そんなモネの絵を見ていると気持ちが弾み、心の中にある曇りが晴れていくようなすがすがしさを感じます。時を経て今なお世界中の人々に愛され続けるモネの魅力はそんなところにあるのではないでしょうか。

 

印象主義には、実はさまざまな理論があります。たとえば、キャンバスにカラフルな色彩を使うのは、光の中に虹の七色のようにさまざまな波長の色があることの表現であるということ。また、色というのは物体そのものに固有色があるわけではなく、すべては光の反射具合によってそう見えているにすぎないといったことです。

 

しかし、そのような理論を脇に置いても、とにかく描かれた作品そのものに見る者を幸せな気分にしてくれる力があるところが、モネの素晴らしさではないでしょうか。

 

モネは印象派の仲間たちの中でも一番長生きで、1926年に86歳で亡くなるまで絵を描き続けました。モネは晩年、白内障に悩まされ、奇妙な色の絵も描いています。白内障のせいで、モネにはそのような色に見えていたのです。失明の危機にもさらされましたが、1923年に手術を受けて、2m × 6mの大作『睡蓮』の大装飾画を何枚も完成させます。

 

ジヴェルニーの自宅の庭の池を描いた『睡蓮』の連作は、全部で300点にものぼります。モネはこの間、「絵を描くことと庭の手入れをすること以外、何もしなかった」と述べているくらいです。

 

2008年にロンドンのクリスティーズに出品された1m × 2mの『睡蓮の池』は、手数料を含めて4100万ポンド(約87億円)で落札されました。『積み藁』とほぼ同等の価格です。ちなみに、この絵は1992年にニューヨークのクリスティーズに出品された時には、手数料を含めて1210万ドル(約15億円)で落札されました。16年間で、価格がおよそ5.8倍にはね上がった計算になります。投資として考えるのであれば、悪くない数字です。

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