前回は、再編が活発化するIT・ソフトウェア業界と住宅・不動産関連業界の最新事情について解説しました。今回は、電気工事業界と介護業界について見ていきます。

隣接業種とのM&Aが急増している「電気工事業界」

前回に引き続き、今もっとも再編が活発化する9つの注目の業界について見ていきます。

 

【電気工事業界】
電気工事業界でもM&Aが急増しています。その理由は主に3つあります。

 

1つは、旧来からある後継者不在問題です。帝国データバンクの調査によると、電気工事業の属する建設業は後継者不在の企業が69.6%で全産業の中でも高くなっています。そのため、M&Aによる事業承継を望むオーナー経営者が増加しています。

 

2つめは、2018年問題です。人材不足が業界の課題となっていますが、今後さらに厳しい状況を迎えそうです。というのも、2009年で底を打っていた18歳人口が2018年から再び減少に転じるのです。

 

今後、この業界への就業者数は減少していく一方で、同業大手や中堅だけでなく、電気工事部門を強化したい異業種などは人材の囲い込みを考えており、中小事業者にとっては人材確保がさらに難しくなっていくと予想されます。そのため、社員の平均年齢が上がるうえ、若い人材が確保できずに企業価値が下がってしまう前に売却を考える中小・中堅企業のオーナー経営者が増えています。

 

3つめは、景気の好況感による業界再編機運の高まりです。建設業界やIT業界と同様に、この業界も景気の波に左右されます。現在は、景気の好況感から事業拡大を図る同業大手や中堅、または異業種からの参入組が増えているため、この再編のタイミングに乗って売り手に有利なうちに大手の傘下に入ろうと考える経営者や、2020年以降に予想される東京オリンピック効果の反動と人口減少による業績の落ち込みに、今のうちから対処しておこうと考える経営者が増えているのです。

 

実際、この数年で目立ってきているのは同業者同士ではなく隣接業種とのM&Aです。たとえば、ビルを建設する場合、電気、空調、給排水などの工事が必要となります。今までは、ゼネコンが仕事を別々に発注し、それぞれの業種の企業が別々に請け負っていました。

 

ところが、現在では効率化を図るために「BEMS」(ビル・エネルギー・マネジメント・システム)というシステムを導入して建物の使用エネルギーや室内環境を把握することで、省エネや不具合の検知、メンテナンスの適正なタイミングの管理をするケースが増えてきています。そのため、発注元は一括で工事できる業者を求め、請け負う側もニーズに対応するための動きを見せています。具体的には、空調設備の会社が電気工事と給排水工事の会社と手を組んだり、リフォームの会社が設備工事会社を買収するなどです。

 

今後も電気工事業界を中心に、業界の垣根を越えたダイナミックな再編が続いていくと予想されますが、2020年以降は一気に再編の動きが冷え込む可能性があるため、ベストのタイミングはこの数年になると思われます。この時期を逃すと一気に買い手市場に転換する可能性もあります。

 

3つのタイプに分かれる「介護業界」のM&A

【介護業界】
2000年4月、介護保険制度が導入されたことで民間企業の参入が解禁され、介護業界は一気に事業者が増加しました。それから現在に至るまで、高齢化社会の介護ニーズの高まりを受けて右肩上がりに成長を続けてきましたが、2015年を迎え、この業界にも大きな変化が訪れ、再編の機運が高まってきました。

 

その要因は3つあります。「法規制と法改正」「人材不足」「異業種企業の参入」です。

 

まずは、この業界特有の法規制と法改正です。2015年に行われた介護報酬の改定では、介護職員の処遇改善としてプラス改定した項目もあるものの、全体としては2.27%のマイナス改定となりました。基本的に介護報酬頼みのビジネスモデルのため、経営者にとっては大きな圧迫となっています。単純に考えれば、今後は利用者数を増やさなければ、マイナス分を回収してこれまでと同様の利益を生み出すことはできないということです。

 

また、施設建設のための補助金がカットされ、国の方針である「住み慣れた地域で自分らしい生活を続けられるようにする」という地域包括ケアシステムを実現するために、これまでの施設ケア型の事業から在宅ケア型へのシフトが進んでいます。これは、医療業界、調剤薬局業界も含めて「在宅ケア」をどうビジネスに結びつけていくかという今後の大きなテーマとなってきます。

 

さらに、デイサービスでも、預かるだけのレスパイト型では報酬が下がり、筋肉トレーニングなど運動機能の向上を目指す自立支援型の、いわゆるパワーリハビリでは報酬が上がっているように、施設によって収益に差が出始めています。

 

2つめの要因は、労働集約型業態特有の人材不足と人材確保の難しさです。介護業界の利益率を見ると、利用者が多ければ多いほど利益が上がることがわかります。しかも、利用者の増減は施設の事業規模と関係しています。つまり、やはりここでも「規模の経済」「規模のメリット」が働いているということです。

 

事業規模が大きくなれば職員の待遇にも反映され、給与も上がります。すると、人材の確保がしやすくなり、職員の定着率も上がるという好循環に入ります。また、単純に施設要件を満たすために必要なケアマネジャーや理学療法士などの有資格者を採用することができる事業者は新規開業が進み、売り上げも伸びて事業規模もさらに拡大していきます。

 

一方で、中小規模の施設には入居者も職員も集まらなくなってきています。施設の老朽化に伴い建て替えや新設をしようにも、現実問題として経営者には借り入れが重くのしかかってきます。入居者も“終の棲家”として少しでも快適な環境を望むなら、高い利用料を払っても大手のきれいな施設に入居したいと考える人が増えています。つまり、ブランド力が重要になってきているのです。

 

職員としても待遇が悪く報酬も上がらない、おまけに将来のキャリアパスを描けない中小規模の施設より大手への就職を希望します。必然的に悪循環にはまってしまうということになります。

 

そして、3つめは相次ぐ異業種企業の参入です。

 

2012年は安田生命や京王電鉄、損保ジャパン、ユーキャン、ALSOK、2013年にはジェイコムやソニーフィナンシャルホールディングス、2014年にはゼンショーやヤマダ電機など、というように参入組の顔触れは生命保険、鉄道、通信教育、警備保障、人材派遣、外食、家電小売、金融、住宅など多岐に渡っています。

 

これらの企業は人口減少による内需の先細りを見据えて、新たな収益の柱を模索しています。本業で豊富な資金を蓄えていることが多く、財務的な基盤があります。しかし、ノウハウがないためM&Aによって事業を拡大しようとしているのです。

 

以上の3つの理由から、介護業界のM&Aにも次の3つのタイプがあることがわかります。

 

1.同業大手が中小の会社を買収する規模とエリア拡大のためのM&A。
2.施設系に強い会社が在宅系を、在宅系に強い会社が施設系を買収して制度改正によるリスク分散のためのM&A。
3.新規の収益を求めて異業種が参入するためのM&A。

再編の対象となる中小・中堅事業者は約8.3兆円規模

介護業界は上位20社のシェアが約7%で、売り上げが約6500億円。介護市場は約9兆円産業ですから、約8.3兆円分は中小・中堅の介護事業者が占めていることになり、この金額が再編の対象になってくることから、今後さらに再編の動きは活発化していくと予想されます。また、買い手希望の企業が圧倒的に多いため、現在は売り手優位な状況でM&Aを進めることができます。

 

今後は、盛んにM&Aが行われながら、大手のIT化・システム化や給食などの内製化が進むことで、大手と中小・中堅では利益率に差ができ始めるため、さらに再編が進んでいくと思われます。

 

売り手企業としては、大手企業の傘下に入り経営を安定させ、グループの一員として成長を目指す。あるいは、ドミナント戦略でM&Aをしながら、地域ナンバーワンを目指して「地域包括ケア」の拠点として活動していくという戦略が必要です。

 

また、介護保険に影響を受けない部分での収益の柱をどう作っていくかも大きな課題となってくるでしょう。近年では、有料老人ホームなどを運営する介護大手のメッセージが、ネットワーク構築・保守管理などを手掛けるセットアップを子会社化した事例などがあります。

 

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    本連載は、2015年9月20日刊行の書籍『「業界再編時代」のM&A戦略』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    「業界再編時代」のM&A戦略

    「業界再編時代」のM&A戦略

    渡部 恒郎

    幻冬舎メディアコンサルティング

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