前回は、地場産業には「コアマーケティング」の方が効果的である理由を説明しました。今回は、1%の人を狙った「コアマーケティング」が成功した事例を紹介します。

「ちょっと! この家具見て。なんかかっこいい」

2001年、秋の家具フェア(飛騨の家具メーカーが総出で新商品を展示して、来場者や問屋代理店のバイヤーに見てもらう会)でのこと。私の会社のブースの一角に展示した新企画の家具の前で、こんなふうに小声で話す若いカップルがいました。

 

「ちょっと! この家具見て。なんかかっこいい。温かいイメージがするね。なにが違うんだろう」

 

「よく見ると節があるよ。そこがほかと違うんじゃないかな?」

 

私が彼らの脇を通りがかった時、その会話が聞こえてきたのです。

 

「ねぇ、この家具ほしいわ。新居にはこの家具がいいなぁ」

 

女性の言葉を聞いて、私は飛び上がらんばかりに喜びました。そして、この企画に対する手応えを確かに感じました。

 

そこに展示されていたのは、私たちが祈るような思いで開発し、「森のことば」と名付けた新商品でした。節のある素材を使い、斬新なデザインで森の温もりを感じさせる家具。それまで工場で弾かれていた節のある木をあえて使った家具。それが「森のことば」だったのです。

カップルの心を動かした、節材ならではの「温かみ」

それまでの家具業界では、1本の丸太のうちで家具に使用される部分はわずか25〜30%というのが常識でした。それ以外の部分には節があって使えない―そう考えるのが常識とされていました。

 

私はそれに対して、なぜ節があっては駄目なのか? という素朴な疑問を抱いたのです。そこから商品開発が始まって、この日まで試行錯誤を繰り返してきました。

 

もちろん当初から社員たち、ことにベテランの職人たちは大反対でした。

 

「また社長がへんなことを始めた。会社を潰す気か?」とベテラン社員を中心に反対意見が続出しました。

 

けれど私は一歩も引きませんでした。私としては、やってから考えればいいという気持ちがあったからです。先述のとおり、たとえ99%の人には受け入れられなくても、心から商品を気に入ってくれた1%の人が買ってくれたらそれでいい。その1%の人たちに確実に届けることができたら、このプロジェクトは大成功だと考えていたのです。

 

コアマーケティングの考えが、私の背中を押してくれたのです。私が開発当初から思い描いていた理想がその1組のカップルの姿だったのです。

 

ナラの木の表情豊かな木目。温かい色合い。そしてふたつとして同じもののない小さな節を1脚の椅子に、テーブルに、素直に活かしていく。

 

優秀なデザイナーと家具職人の手によって生まれた作品には、一見何気ないすっきりしたフォルムの中に材の厚みが感じられ、座面や背板の曲げ加工などに洗練されたデザインと技術が練りに練って使われています。

 

その開発には、節材なればこその苦労もありました。

 

節があっても、ただそこに入っていればいいというわけではありません。節の部分は耐久力に欠けるので、場所を選ばないと使っているうちに欠けることにもなります。節の角がとがっていたら、使う人が怪我をすることもありえます。バランスよく適所に節を入れるためには、木取り(1本の木材から使う部分を切り出す作業)の技術や工夫も必要です。

 

そのために、木取りのマニュアルも大量につくられました。

 

組み上がった商品を磨く部門の女性たちは、節がひっかかって怪我をしないように、日曜大工の店にいってヤスリなどを買ってきて、それまでの商品よりも念入りに磨き込んでくれました。自分たちで工夫して、愛される家具に仕上げてくれたのです。

 

量産品でありながら、一つひとつに強い個性を持たせた家具をつくる。そうすると長い時間をかけ愛着を持って育てる1本の木がそうであるように、家具にもまた生命の躍動が宿ります。

 

多くのスタッフや職人たちの努力もあって、そういう家具が誕生したのです。

 

節財を製品化
節財を製品化

本連載は、2017年7月28日刊行の書籍『よみがえる飛騨の匠』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

よみがえる飛騨の匠

よみがえる飛騨の匠

岡田 贊三

幻冬舎メディアコンサルティング

時代とともに移り変わる消費者ニーズの変化によって、崩壊の危機を迎えている地場産業。地場産業が生き残るためには「販売戦略」「製品開発」「生産体制」「後継者育成」「ブランディング」「地域プロモーション」の6つの改革…

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