前回は、2つ目の事例として、売却まで十分な準備期間を設け、企業価値を高めていったケースを紹介しました。今回も引き続き、このケースを見ていきましょう。

営業利益率のアップで自社株の価格も希望額に近づく

前回の続きです。営業利益率が飛躍的にアップしたことで、客観的な自社株の価格(つまり売却価格)も2年前の当初の希望金額にほぼ近づきました。

 

オーナー社長と合意のうえ、M&Aの依頼を正式に受ける契約を交わし、買い手の浮上してきたのが、やはり北陸地方で水産加工食品の製造と卸販売を行っていた会社でした。主に製造していたのは、「乾珍味」といわれる乾き物です。卸のルートでは全国に販売網を有していた会社です。

 

買い手のオーナー社長はまだ若く30代。3年前に事業承継をしたばかりで、当時は4期連続で増収増益を達成していました。事業は順調だったものの、乾珍味だけでは消費者に飽きられるのではという考えもあり、新商品を扱うことを模索していました。

 

当時は、飲酒運転撲滅の機運が高まっていたこともあり、郊外型の飲食店などでは酒類やおつまみ類の売上が必然的に落ちていました。また、不況も相まって外食よりも「中食」と呼ばれるデリカ(惣菜)に注目が集まっていました。買い手のオーナー社長としては、地元で有名な焼き魚のブランドを手に入れることで、新商品を開拓できると踏んだのでした。

「近江町市場」における販売権の評価の対象に

さらに、買い手の会社が魅力に感じたものがありました。それは、金沢市民の台所、「近江町市場」での販売の権利でした。

 

焼き魚を扱っていた売り手の会社は、この市場に商品を卸すだけでなく、直接販売する権利を持っていました。地元では週に1回は有名人の旅番組で紹介されるなど、非常に有名で活気のある市場で、買い手としては、この市場に進出する足がかりを得られるという思惑もあり、M&Aによる会社購入の後押しとなったのです。

 

この権利は、いわば人気の海水浴場にある海の家や、大学病院のすぐ前にある調剤薬局のようなものです。最高の立地条件で事業には有利ですが、長年の習慣や既得権があって、新規の進出がなかなか叶いません。そのような場合、そういった権利を持っている会社(店)の株式を丸ごと買い受けることで、権利も引き継げるのです。

 

このようにして、事前の準備が功を奏し、また人気のある市場での販売権も武器となって、M&Aの成約価格は売り手のオーナー社長の当初の希望通りにほぼ落ち着きました。また、売り手の会社が持っていた商品ブランド名の商号も、買い手の会社に引き継がれました。

 

M&Aの事例の中には、成約後に売り手の社名や商品名、ブランド名といった商号を買い手側のものに変更することもありますが、このケースでは商号は守られました。ブランド名が地元にも浸透していたこと、また買い手の社長本人が売り手の商品ブランドのファンだったこともあり、商号を引き継いだのです。

 

地方企業同士の「友好的M&A」の典型例ともいえますが、地方企業が関係するM&Aでは、この商号について、神経を使う必要があるのです。売り手が築いてきたものと地域に愛されてきた商号を守る。買い手としては、そういった誠意に基づく基本姿勢を見せることが重要になります。

同業型であると同時に多角化・市場開拓型にも該当

このM&Aは、同業(水産品加工)同士のM&Aであると同時に、「多角化」と「市場開拓」にも当たる事例です。乾珍味の製造と卸に加えて、買い手企業は焼き魚という新商品と人気の市場という新しい販路を手に入れたからです。

 

ところで、売り手の会社から最初に相談を受けたのが06年で、その後、2年間の「ビフォーM&A」のコンサルティングを経て、成約したのは08年の半ばです。2年の歳月が必要だったわけですが、さらにいえば売り手のオーナー社長は02年に息子さんと話し合い、親族への承継を諦めた経緯がありました。そこからMBOの検討やM&Aの決意に至り、売却希望価格に近づけるためのコンサルティングも経て、ようやく08年に事業承継が叶いました。

 

06年当初、売却希望金額と実際の株価には倍以上の開きがありましたが、ゴールではほぼ希望金額で売却ができ、商号も守れました。大成功の最大の理由は、じっくりと時間をかけて最良の事業承継を考え続けたことだと思います。

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    本連載は、2013年9月20日刊行の書籍『会社を息子に継がせるな』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    会社を息子に継がせるな

    会社を息子に継がせるな

    畠 嘉伸

    幻冬舎メディアコンサルティング

    現在、9割の中小企業経営者が後継者不在という問題を抱えています。息子がいない、いても“家業"に興味を示さない、あるいはオーナー社長が手塩にかけてきた会社を任せられるほどの才気がない。だからといって、廃業を選んでし…

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