ノベル版『女騎士、経理になる。』~第3章その⑲

原作:Rootport
イラスト:こちも
提供:デンシバーズ
ノベル版『女騎士、経理になる。』~第3章その⑲

幻冬舎コミックス運営のWEBマンガ雑誌「デンシバーズ」と幻冬舎ゴールドオンラインによる特別コラボ企画。デンシバーズの好評連載『女騎士、経理になる。』の原作小説で、2016年6月24日に発売された単行本『女騎士、経理になる。①鋳造された自由』のプロローグと第1章、第2章、第3章を無料公開します。今回は第3章「リテラシー」その⑲です。

▼港町、酒場

 

女騎士「うう……グーテンベルクさんを助けられると思ったのに……!」

 

グイッ!!

 

黒エルフ「見事な飲みっぷりだけど、それお水よね?」
女騎士「当然だ。酒は筋肉の成長に悪影響なのだ」

 

司祭補「お酒は百薬の長とも言いますわぁ♪」
黒エルフ「あんたは飲むなよ聖職者」

 

司祭補「あら、ワインは精霊様の血と呼ばれているのですわ。適度な飲酒なら問題ありません♪」

 

黒エルフ「ふぅん……。で、何を飲んでいるの?」

司祭補「ホットミードですの。暖めた蜂蜜酒です。お試しになります?」

 

黒エルフ「うっわ、甘ぁ~! よくこんなもの飲めるわね」

 

女騎士「うう……。このままではグーテンベルクさんの商売は先細る一方なのだ……。今月はしのぐことができても、いつか行き詰まってしまう……」

 

黒エルフ「商才を磨いて頑張るしかない……。悔しいけど、あの秘書の言う通りね」
司祭補「売上を伸ばすしかない、ということかしら?」

 

黒エルフ「たとえば……お客さんにお金を前払いしてもらう方法があるわ。注文が殺到すれば莫大なカネが集まるから、安心して商売を拡大できる」

 

女騎士「しかし、先月はたった10冊しか売れなかったのだ」
司祭補「注文が殺到するなんて夢のまた夢、ですわ……」

 

黒エルフ「もしくは、1冊あたりの原価を切り詰める方法もあるわね。使っている紙や装丁の品質を落とせば、今の現金残高でも、先月よりたくさんの本を印刷できる」

 

女騎士「手書きの本と同じ品質の装丁でも、10冊しか売れなかったのだぞ……?」

司祭補「品質を落とせば、売上はもっと落ちるはずですわ」

 

女騎士「かと言って、価格を下げるわけにもいかない。値下げすれば売上冊数は増えるかもしれないが、売上金額まで増えるとは限らんからな」

 

司祭補「……それにしても、なぜ10冊しか売れなかったのでしょうか? 値段は手書きの経典よりもずっと安いのに」

 

黒エルフ「そもそも経典を欲しがる人がいなかったのよ。教会に行けば、経典の内容を1Gのお布施で学べるわ。わざわざ1千Gを払ってまで経典を手元に置いておきたいとは、誰も思わなかったわけ」

 

司祭補「まあ……」

 

黒エルフ「あの帳簿を見たでしょう? 先月10冊の経典を買ったのは、田舎の貧しい教会とか、信心深い貧乏商人とかだった。グーテンベルクさんの本を欲しがるのは、結局、そういう一部の人だけなの」

 

司祭補「悩ましいですわ……」
女騎士「くそっ、何かないのか! 経典を欲しがる人を増やす方法は──」

 

黒エルフ「バカね。精神支配の魔法でも使わない限り、何かを『欲しがらせる』なんて無理に決まっているわ」

 

司祭補「精神支配の魔法は犯罪ですわ!」

 

黒エルフ「商売で大切なのは、欲しがらせることではないわ。すでに欲しがっている人のところに、欲しがっているモノを持って行くほうが簡単なのよ」

 

女騎士「しかし、経典を欲しがっている人はいないのだろう? ならば、もう……どうしようもないではないか!」ぐびぐびっ

 

歌声 ~♪ ~♪

 

司祭補「あら、この歌は?」
黒エルフ「これって……そばかす娘の歌よね? 向こうの席の客たちが歌っているわ」

 

女騎士「やはり、いい歌なのだ……」
司祭補「ええ、とくに歌詞がすてきですわ」

 

行商風の客「おや、お嬢さんたちもこの歌を知っているのかい?」

 

騎手風の客「つい先日、丘陵地帯の寒村を通る機会があったんですよ。そのとき耳にして、妙に記憶に残りましてなぁ」

 

黒エルフ「やっぱり安っぽい歌詞に思えるけど……」
行商風の客「いやいや、分かってないねえ! その素朴な雰囲気がいいんだよ!」

 

司祭補「なるほどぉ、庶民の方には娯楽が少ないのですわね。だから、旅の途中で聞いた歌が耳に残ってしまう……」

 

黒エルフ「たしかにそうかもしれないわね。こんな陳腐な歌詞を喜ぶなんて」

 

司祭補「教会の読み聞かせ会には、じつは字を読める方も参加しています。勉強熱心な方だと思っていましたが……きっと、娯楽が少なくて退屈だったのですわ」

 

黒エルフ「庶民には、娯楽が少ない…?」ボソッ

 

歌声 ~♪ ~♪

 

女騎士「結局、あの娘を救うこともできなかったのだ!」
黒エルフ「……欲しがっている人のところに、欲しがっているモノを……」ブツブツ

 

女騎士「あんな美しい歌を作れる娘を守れないとは、私はなんと無力なのだ! この世界に精霊さまの救いはないのか!?」

 

司祭補「……」

 

女騎士「あのそばかす娘に余計な希望を抱かせて、それを裏切ってしまうとは……。くっ、殺──」

 

黒エルフ「そうか!」

 

ガタッ

 

黒エルフ「分かったわ、あの工房を救う方法!」
司祭補「……ほ、本当ですの?」

 

女騎士「ふん。そんなの無理に決まっているのだ……」

 

ぐびぐびっ

 

黒エルフ「バカなこと言わないでよ、あんたらしくもない! この方法を実行するには、あんたにも力を貸してもらうわ。もう一度、あの村に戻りましょう!」

 

女騎士「ふへへ、力を貸すだと? ……こんな飲んだくれた私に何ができると言うのだ……」

 

黒エルフ・司祭補「「ただのお水でしょう!/ですわ!」

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