画家たちに「自由に描く喜び」を与えたフランス近代絵画の発展

前回は、近代フランスで「芸術家」という概念が誕生した経緯を紹介しました。今回は、画家たちに「自由に描く喜び」を与えたフランス近代絵画の発展について見ていきます。

「職人」的な存在だった、かつての画家・彫刻家

絵を描く人や彫刻を作る人は、昔から数多くいました。しかし、彼らは芸術家というよりも、職人というべき存在でした。――では、近代に現れた「芸術家」と「職人」との違いは何なのでしょうか。大きく異なっているのは、「制作目的」です。仮に、両者の成果物が結果的に似通ったものになったとしても、その背景にあるものが大きく違うのです。

 

芸術家とは内なる欲求に突き動かされて表現をするものですが、職人は他者からの注文を受けて、それに応えるために制作を行います。もちろん、100%の芸術家とか、100%の職人といったものは存在しません。どのような芸術家にも、職人的に他人の需要に応えようとする部分はありますし、職人だって、発注者からの注文が曖昧な点に関しては自らの好むような表現で補おうとするものです。

 

[PR]「いつまでも残る本物の一枚を」
作品のご購入なら美術史に名を遺す、20世紀フランス巨匠絵画・翠波画廊へご相談を

 

しかし、その人が主に芸術家として表現をしているのか、それとも主に職人として制作をしているのかで、アイデンティティや生き方に差が出てきます。たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロといったルネサンスの三大巨匠は、基本的には職人でした。彼らの作品はすべて、貴族やパトロンの依頼を受けて制作されたもので、相手の注文や好みに応える形で修正もされています。

 

また、美術に興味がない素人に、ダ・ヴィンチとミケランジェロの絵を見せて、どれを誰が描いたか当てさせようとしても、恐らく正解は得られないでしょう。愛好家であればすぐにわかる違いも、門外漢には同じようなものに見えるはずです。なぜならば、どちらもルネサンス様式という枠組みの中で描かれているからです。それは、パトロンが職人に対して要請する様式でもありました。

 

これに対して、20世紀の画家――たとえばゴッホとピカソの絵を見比べてみれば、美術に興味がない人でも、その違いはすぐにわかるはずです。どの絵にも、ゴッホらしさやピカソらしさが厳然と存在するからです。例外はいくつか存在するものの、ゴッホやピカソは、基本的に誰かの注文で絵を描いていたわけではありません。ゴッホは生前ほとんど評価されなかった画家であったため、その絵のすべてが、誰に頼まれたわけでもなく、ゴッホ自身の内なる欲求に突き動かされて描かれたものです。

 

ピカソはゴッホと違って人気画家でしたが、「あれを描いてくれ、これを描いてくれ」といった注文に応じることはありませんでした。たとえ何らかの注文を受けて絵を描いたとしても、飾る場所や抽象的なテーマが与えられるくらいで、その中身はまったくのオリジナルでした。ですから、しばしば発注者との間で「こんなものがほしかったわけではない」といった諍いが起きたそうです。たとえば、ピカソが若くして亡くなった友人のギヨーム・アポリネールのために制作したモニュメントは、遺族らによって拒否され、受け取ってもらえませんでした。

画家が自らのために描き、それが商品となる世界へ

このように、芸術家は己の心の赴くままに表現をし、職人は依頼主の望みにかなうように制作をします。そして、近代以前には、ほとんどの画家が職人的性質を強く持っており、自らを芸術家とは認識していませんでした。なぜならば、自分の好き勝手に絵を描く芸術家には需要がなかったからです。

 

そもそも絵に対してどのような需要があったかといえば、壁画や、壁に飾るインテリア、書籍の挿絵、皿やコップなどの陶磁器の絵付けなど、建築物や工芸品などの添え物としての役割です。絵画を単体で鑑賞するというのは、貴族の趣味であり、肖像画というものも、もっぱら王侯貴族のナルシシズムを満足させるための装飾品でした。自分の内面を表現するような芸術家という概念が存在しなかった時代には、画家は、もっぱら職人として生きるしか道がありませんでした。

 

もちろん、その時代にも、内的欲求から暇な時間があれば絵を描かずにはいられない画家も大勢いたことでしょう。しかし、彼らにとって絵を描くことは「仕事」であり、あくまでも職人に徹していたのです。ルーベンスやベラスケス、ゴヤは、宮廷画家という肩書で仕事をしていました。

 

しかし、19世紀からのフランス近代絵画の発展は、画家に自由に絵を描く喜びを与えました。印象派から始まる近代絵画の革命は、画家が自分のために絵を描いて、なおかつそれが商品として成立する世界を切り拓いたのです。現在、芸術家が芸術家として生きていけるのも、すべては19世紀フランスにおける近代絵画(モダン・アート)の誕生に端を発しています。

 

[PR]「いつまでも残る本物の一枚を」
作品のご購入なら美術史に名を遺す、20世紀フランス巨匠絵画・翠波画廊へご相談を

 

ですから、フランス近代絵画は現代におけるモダン・アートの源流であると同時に、フランス革命を背景として、私たちが個人としての尊厳を持って生きることをも教えてくれるものなのです。

本連載は、2017年4月28日刊行の書籍『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画 』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「その他投資」この記事を読んだ方はこんな記事も読んでいます

「エトセトラ」この記事を読んだ方はこんな記事も読んでいます

連載値段から読む「フランス近代絵画」の魅力と価値

株式会社ブリュッケ 代表取締役

1961年愛媛県生まれ。多摩美術大学に進学後、美術大学で彫刻を専攻する過程で、人々の生活に溶け込む平面表現の魅力に目覚め、絵画の世界へ転向。卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。東京・銀座に、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。以降26年の長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等、絵画愛好家なら誰もが知っている巨匠の作品を数多く扱う。特に20世紀初頭に活躍したフランス近代の画家に造詣が深い。
翠波画廊https://www.suiha.co.jp/

著者紹介

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

髙橋 芳郎

幻冬舎メディアコンサルティング

ゴッホ、ピカソ、セザンヌ、ルノワール、ゴーギャン、モディリアーニ…“あの巨匠”の作品に、数十万円で買えるものがある!? 値付けの秘密を知り尽くしたベテラン画商が、フランス近代絵画の“新しい見方”を指南。作品の「値…

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!
会員向けセミナーの一覧