企業の価値は、金融資産や物的資産などの「見える資産」だけで決まりません。本連載では、株式会社バリュークリエイト代表取締役・三冨正博氏の著書『「見えない資産」経営 企業価値と利益の源泉』(東方通信社)から一部を抜粋し、組織資産や人的資産、顧客資産といった「見えない」資産の創り方を見ていきます。

不正疑惑を見逃したのは組織の管理責任!?

どのような企業も、自然の摂理や社会の原則を踏み間違えれば、それ相応の結果が待っている。

 

私たちの古巣であるアーサーアンダーセンが破たんしたのは、そのよい例ではないだろうか。

 

ご存じの通り、アーサーアンダーセンは、監査業務、税務業務、経営コンサルティング業務を行っていた組織であり、世界5大会計事務所に数えられる権威的な存在であった。どういう状態になれば企業は繁栄し、どういう状態になると衰退してしまうのか、ということを誰よりもよく知るプロフェッショナル集団だったといってもいいだろう。

 

そんな組織が、どうして躓いてしまったのか。その原因を考察することは、企業の価値創造の仕組みを知る上で、大いに意味のあることだと思う。同時に、私たちかつてのプロフェッショナルがアーサーアンダーセンでやってきたことが正しかったのか、今後は何をよりどころとして仕事をすればいいのかを知る手がかりにもなると考えている。

 

私は詳細な経緯を知る立場にないが、巷間見聞するところでは、エンロン事件を担当したたったひとりのパートナーによる不正疑惑が直接の原因ということになっている。はたして本当にそうだろうか。たしかに、きっかけはエンロン事件だったかもしれないが、そこにいたる問題の芽は気づかないうちに社内ではびこっていたはずであり、アーサーアンダーセンは崩壊する前から問題を抱えていて、結果的に滅ぶべくして滅んだと見るべきだろう。

 

私自身の経験で思い当たることでいうと、アーサーアンダーセンを退職する1年ほど前、1999年か2000年頃、一定以上の売上規模に満たない顧客に対するサービスを制限するという新しい経営方針が示された。

 

経営効率のよいマーケットに絞り込み、リソースを集中するという考え方は、経営判断として間違っているとまではいえない。けれど、私はこの方針に少なからぬ違和感を持った。表立って反対意見を主張する立場ではなかったものの、いままでアーサーアンダーセンで主張してきたこと、やり続けてきたことと相容れない方針のように感じたからだ。

 

さらに同じ頃、新人研修を担当することになったとき、用意されたプログラムのなかに、当然あるべきプロセスがひとつ抜け落ちていたことに気づいた。そのときは、担当者がたんに見落としたのだろうという程度にしか思わず、深く追求することはしなかったが、いまにして思えば、あの頃からすでに社内の各所で品質管理が甘くなっていたのかもしれない。

 

エンロン事件にしても、不正疑惑に直接かかわったのは特定のパートナーだけだったかもしれないが、不正疑惑を見逃した組織の管理責任はより重い。ひとりのプロフェッショナルの不正疑惑が問題だったのではなく、セーフティーネットが機能していなかった体制の不備が根本の原因にあるといっていいだろう。

長年の契約関係を解消されるに至った理由

こうしたいろいろな事象から、社内の規律の緩み、規範を重んじる風土が崩れはじめていた状況が示唆されるかもしれない。実際に起こっていることの一つひとつは小さなミスかもしれないが、やがて大きな瑕疵へとつながっていく危険を内包していたのである。

 

そして実際に2001年になると、アーサーアンダーセンは、電気製品製造大手サンビームや通信会社グローバル・クロッシングの不正会計に加担した容疑でSEC(米国証券取引委員会)に摘発され、また、廃棄物処理大手ウェイスト・マネジメントの監査業務で不備が指摘されて制裁金を科されるなど、相次いで不祥事に見舞われるようになった。

 

いずれも、顧客企業の役員と一部パートナーの不正、あるいは職務怠慢が原因とされているが、組織としてわきの甘さを指摘されても仕方ない。エンロンやワールドコムだけが特別ではなかったということだろう。

 

2002年になってエンロン事件の追求が本格化し、不正にかかわった疑惑が取りざたされるようになると、同年2月、ジョージア州アトランタに本社を置く大手地銀のサントラスト・バンクスがアーサーアンダーセンとの契約を打ち切ることを決めた。同社は、過去60年間にわたってアーサーアンダーセンが監査を担当してきたもっとも古いロイヤルカスタマーの一社である。

 

この時点では、アーサーアンダーセンがエンロンの不正会計疑惑に直接関与していたかどうか灰色の状態だった(後に無罪が確定しているので実際には白だった)。それに、顧客企業の不正会計事件に監査法人が巻き込まれることそのものは、特別珍しいことではなかった。エンロン事件は、その規模や悪質性においてきわめて深刻ではあったが、あくまでもエンロンが主役である。

 

では、サントラストの判断は勇み足だったのだろうか。

 

私はそうは思わない。

 

監査法人を変える、ということはよほどの決断である。サントラストが長年にわたる契約関係を解消する決断にいたったのは、不正にかかわった疑惑だけが原因ではなく、降り積もったものがあったはずで、エンロン事件はきっかけにすぎなかったと考えるべきだ。

 

サントラストとの契約解除を皮切りに、契約の打ち切りが雪崩を打ってはじまり、危機感を抱いたアーサーアンダーセンは他の大手会計事務所への身売りや、大規模なリストラを計画するなど必死の防衛に走るが、顧客離れは止まらなかった。結局、監査を担当していた上場企業2300社(2002年1月時点、米国内)のうち、3割の約700社が契約を打ち切ったところで経営陣は事業の継続を断念し、解散を決めたとされている。

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    本連載は、2017年5月13日刊行の書籍『「見えない資産」経営 企業価値と利益の源泉』(東方通信社)から抜粋したものです。稀にその後の税制改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    「見えない資産」経営―企業価値と利益の源泉

    「見えない資産」経営―企業価値と利益の源泉

    三富 正博

    東方通信社

    企業価値というと、金融資産や物的資産といった「見える資産」ばかりが注目されがちだが、著者はそのほかにも組織資産や人的資産、顧客資産といった「見えない資産」があることを強調し、それこそが企業価値と利益の源泉である…

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