前回は、交通事故の後遺障害に対する「逸失利益」「慰謝料」の算出方法を取り上げました。今回は、「損害保険料率算出機構」の成り立ちと問題点を見ていきます。

理事の中には民間の損害保険会社の社長の名が並ぶ

後遺障害の補償がなされるためには、まず後遺障害としての認定を受けなければならない。そしてどの程度の後遺障害であるか、1級から14級までの等級によって補償額が算出される。(筆者著書『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』に等級表を詳述。)被害者としてはこの認定こそが補償を受けるうえで最大のポイントになる。

 

この段階で被害者の前に大きく立ちはだかる壁が「損害保険料率算出機構」という組織である。本書籍でも触れたとおり、症状固定後、医師の書いた後遺障害診断書は保険会社を通して同機構に提出される。そこでそれらの書類をもとに同機構が後遺障害の各等級のいずれに当たるかを調査し認定するのである。いわば後遺障害の補償のすべてのカギを握っているのがこの機構なのだ。

 

そもそも損害保険料率算出機構とはどういう団体なのか。同機構は損害保険料率算出団体に関する法律(料団法)と自動車損害賠償保障法(自賠法)などに基づき金融庁を主務官庁とする非営利の民間の法人として平成14年(2002年)に設立されたものである。その前身は昭和23年(1948年)に設立された損害保険料率算定会であり、昭和39年(1964年)、そこから自動車保険料率算定会が分離独立したものの、平成14年、両者が再び統合して現在に至っている。

 

同機構の業務内容は前回述べた後遺障害の調査、認定とともに、その名のとおり損害保険の保険料率の基準や参考となる数字を幅広いデータから算出、損害保険会社などに提供する事業を行っている。ここで注目したいのが同機構の組織構成である。同機構は会員制になっており、その会員は保険業法に基づいて免許を受けた損害保険会社によって構成されている。そしてその組織の役員構成を見てみると、理事長は民法の権威である某大学の名誉教授が務めているが、居並ぶ理事の中には民間の損害保険会社の社長の名前がずらりと顔を揃えているのである。そして同機構の運営費も自賠責保険の保険料の他に各会員からの出資に依っているのである。

 

自賠責保険はもともと交通事故被害者の保護と救済を大きな目的の一つとして制度化されたものである。そこには民間の保険会社とは違い、国民の最低限の生活を守るという社会保障の意味合いも大きく存在しているはずである。そのような公共性の強い自賠責保険において後遺障害の調査、認定をする同機構の組織構成が民間の損害保険会社で占められている事実を、読者はどのように思われるであろうか?

守るのは「加害者の利益」?

すでに触れたが、症状固定までの補償、つまり治療費と休業損害、慰謝料といった保険金の算出に対して、民間の損害保険会社はできる限り120万円という自賠責の補償の枠内にとどめようとする。かように極力自社の損失を抑えたいと考える保険会社が、損害賠償金額の中でも大きな部分を占める後遺障害の損害賠償金額の基礎となる後遺障害等級を決定する機構の会員であり、理事であるばかりか、同機構に出資をしているのである。果たしてこのような機構が被害者の保護、救済を目指して公正で適正な認定をなしうるのかどうか? 少し考えただけでもその危うさが想像できる。

 

残念ながらそのおそれは想像ではなく、どうやら現実のようだ。同機構はディスクロージャー用に作られた「損害保険料率算出機構(損保料率機構)の概要」の文章中において、その「使命」を高らかに謳っているのだが、この一文こそが、図らずも同機構の性質を端的に物語っているのである。

 

それによれば同機構の使命とは、「損害保険業の健全な発達を図るとともに、保険契約者等の利益を図ること」とされている。「損害保険業の発達」ということは結局のところ、損害保険会社が利益を上げ発展することだと考えられる。「保険契約者等の利益を図る」とは自賠責保険に加入している加害者の利益を守るということである。同機構の使命のどこにも、補償を受ける側、すなわち交通事故被害者の保護や利益を守ることには触れられていないのである。

 

本来社会保障的な意味合いを持つ自賠責保険を運用するのであれば、その精神に基づいて交通事故被害者の保護や救済を真っ先に使命として掲げるぐらいであってもおかしくはないはずだ。それが被害者とは対立関係にあり利害を異にする加害者すなわち保険契約者の利益を守ること、さらには損害保険業の発達の2つのみを明記しているのである。

 

交通事故被害に遭って肉体的、精神的、経済的に不当な苦痛を味わわされている被害者がこの損害保険料率算出機構の使命を読んだら、一体どのように感じるだろうか? 取り方次第では被害者の損害や感情をないがしろにした勝手な物言いのようにも取れなくもない。趣旨はそんなところにはないというかもしれないが、そうであったとしてもこの短い一文に表れている交通事故被害者に対する無配慮さが、同機構の本質を透かし見せているように思えてならない。

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    本連載は、2015年12月22日刊行の書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

    ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

    谷 清司

    幻冬舎メディアコンサルティング

    現代に生きる私たちは交通事故にいつ巻き込まれるかわからない。実際日本では1年間に100万人近くの人が被害者であれ加害者であれ交通事故の当事者になっている。そのような身近な問題であるにもかかわらず、我が国の交通事故補…

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