前回は、ファミリービジネスの後継者に求めたい「事業機会の認識」について取り上げました。今回は、企業家活動の継承で重要となる「事業ドメイン」の設定について見ていきます。

事業ドメイン設定の二つのタイプとは?

企業家活動において重要な要件の一つが、事業ドメインの設定です。事業ドメインとは、事業活動もしくは事業展開の領域のことを示します。事業ドメインの設定には、二つのタイプが考えられます。

 

第一が、ゼロから事業を立ち上げるベンチャー企業家による事業ドメインの設定です。ベンチャー企業家による事業ドメインとは、過去からの制約は存在しないことから、比較的斬新な事業ドメインを設定しやすい特徴があります。

 

第二が、既存事業をもつ企業による事業ドメインの設定です。既存事業をもつ企業の場合、既存事業の制約がある中で、新たな事業ドメインを定義しようとする特徴があります。

既存事業との関係性も十分に考慮

本稿が着眼するファミリービジネスは先代世代からの事業が存在していることから、この第二の事業ドメインの考え方が参考となります。それでは、第二のタイプの企業による事業ドメインの設定事例を見てみることにしましょう。

 

一般的に、既存事業をもつ企業は、既存事業と新たに開始しようとする事業とのシナジー効果(1+1=2以上の効果)を期待して、新たな事業ドメインを定義しようとします。

 

例えば、東急グループは、鉄道事業をはじめ不動産事業や流通事業を行っています。東急グループは、コアの鉄道事業の収益を上げるために、沿線の宅地開発(不動産事業)を行いました。宅地開発が進めば、沿線の住民の増加に繋がり、通勤通学のための鉄道利用者が増加することに繋がります。それだけではありません。沿線の駅近くにスーパー(流通事業)を作っていきました。これによって、東急沿線の住民や利用者の利便性が高まり、鉄道利用者が増え、沿線の住宅需要が拡大することに繋がります。

 

このように、事業ドメインとは、既存事業との関係性を考慮して設定する必要がある概念であることが理解できます。

独自の新規事業の構想を練る必要性も

次に、事業承継において事業ドメインの考え方がどのように活用できるかを考えていくことにしましょう。

 

事業承継では、後継者は先代世代から事業を引き継ぐだけではなく、後継者の独自の思考や行動が求められます。事業ドメインとは、後継者の独自の思考や行動の基礎となるものであると考えることができます。後継者は、先代世代の頃と異なる経営環境のもとで、先代世代によって設定された事業ドメインの点検と見直し(再定義)が求められる存在であるといえるでしょう。

 

後継者が既存の事業ドメインの見直しを行う際には、二つの効果があります。

 

第一に、先述の東急グループの事例の通り、既存事業とのシナジー効果が期待できることです。ファミリービジネスの場合は先代世代からの経営資源が存在することから、既存事業との相乗効果が期待できる分野に展開することで、既存事業の活性化と新規事業展開の両方を実現できる可能性があります。

 

第二に、後継者に先代世代が築き上げた既存事業の意味を再考させることができる効果です。確かに、後継者は先代世代と生き抜く時代が異なることから、新しい価値観を組織に持ち込みやすい特徴があります。しかし、後継者は新しいことに取り組もうとするが故に、既存事業がもつ隠された意味を見過ごしがちになることも事実です。

 

[図表]後継者による事業ドメインの再定義

出所:筆者作成
出所:筆者作成

 

小樽商科大学の加藤准教授によると、企業家活動の継承において事業ドメインの再解釈が重要であると言われています。その意味で、ファミリービジネスの後継者は、事業承継プロセスを通じて、既存事業の意味を捉え直して独自の新規事業の構想を練っていく必要があると言えるでしょう。

 

このように、後継者による事業ドメインの再定義という視点から世代間の事業承継を考察することで、ファミリービジネスの伝統と革新のダイナミズムについての手がかりが掴めるかもしれません。

 

 

<参考文献>
加藤敬太(2014)「ファミリービジネスにおける企業家活動のダイナミズム:ミツカングループにおける7代目当主と8代目当主の企業家継承と戦略創造」『組織科学』第47巻 第3号. 29-39頁.
落合康裕(2014)『ファミリービジネスの事業継承研究-長寿企業の事業継承と継承者の行動-』神戸大学大学院経営学研究科博士論文.
落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.

 

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    本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

    事業承継のジレンマ

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    落合 康裕

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